第1話 白銀の令嬢

西暦2025年、現世界・日本・東京


リンはその朝─不思議な夢を見て、目を覚ました…そして、この物語はここから始まる


東京都心の中心、高層ビルが立ち並ぶ中でもひときわ目を引く荘厳な屋敷。それが、高円寺家の本邸だ。門をくぐると、広大な庭園が広がり、季節の花々が整然と並ぶ。


その奥には、白亜の石造りの邸宅が堂々と佇み、その存在感は訪れる者を圧倒する。この一族の並外れた財力が窺い知れる。


高円寺凛(コウエンジ リン)。この家の次期後継者候補であり、この物語の主人公。世間が羨むほどの美貌と知性を兼ね備えた令嬢。絹のように滑らかな白銀の髪、深い青の瞳はまるで宝石のようだ。


だが、その内面は世間知らずで高飛車。名家の令嬢として育てられた環境が、彼女に絶対的な自信を植え付けた。


「高円寺の名に泥を塗ることだけは許されないわ。」

凛はよくそう口にし、周囲にその威厳を示していた。


自分の価値を疑わない態度は時に傲慢とも取られ、同僚や友人からは一目置かれると同時に距離を置かれることも多かった。


凛が育った家庭は華やかでありながら、複雑な影を孕んでいた。父・高円寺崇一(コウエンジ ソウイチ)は財閥の当主として経済界に名を轟かせる人物だった。


だが、家庭では理想的な父親そのものだった。優しい笑顔を絶やさず、娘の話を親身に聞き、いつも穏やかに接していた。


「凛、君が何を望んでも、父さんは応援するよ。それが君の幸せに繋がるならね。」

そう言って、どんな時も彼女の意志を尊重してくれる父は、凛にとって心の支えだった。


幼くして母を失った彼女にとって、父の存在は唯一無二のものだった。


しかし、祖父・高円寺玄道(コウエンジ ゲンドウ)との関係は、まるで正反対だった。玄道は厳格で冷徹。凛が少しでも家名に恥じる行動を取れば、容赦なく叱責した。


「凛、お前は高円寺家の娘だ。その意味を忘れるな。家名を守ることは、お前の責務だ。」

その言葉には、愛情の裏返しが含まれていることを、当時の凛は知る由もなかった。


ただただ、厳しい言葉と冷たい視線に恐れを抱き、彼に対する反感を募らせていた。


ある日、彼女が社交の場で些細な失敗をした際、玄道は激しく叱責した。

「お前がこの程度のことで動揺するようでは、高円寺の名を背負う資格などない!」


凛は泣きそうになりながらも、必死に反論しようとしたが、言葉が出なかった。


その後、庭の片隅で凛が一人泣いているところへ、父がそっと近寄ってきた。

「凛、父さんは君に期待しているんだ。それだけ君が特別だと思っているからさ。」


「でも、あんな言い方…ひどいわ。」


「愛し方が違うだけなんだよ。君を信じているからこそ、厳しくするんだ。」


父の言葉に、凛は納得できないながらも少しだけ心を落ち着けた。


一方、玄道は書斎で一人、凛が幼い頃に描いた絵を眺めていた。表情は険しかったが、その瞳にはどこか哀愁が漂っていた。


そしてこの物語のもう1人の主人公、音無海(オトナシ カイ)は都内の下町で、全く異なる環境の中にいた。彼もまた裕福な家庭で育ったものの、派手さとは無縁の生活。


海は内気な性格で、社交の場ではいつも周りから一歩引いてしまうような子供だった。


彼の特徴的な赤髪と分厚い眼鏡は、いわば彼の「盾」であり、周囲からの視線を遮る一種の防壁であった。


両親は海に惜しみない愛情を注いだが、海は幼い頃から「自分は普通ではない」という感覚を抱いていた。


おでこには掠れた薄い文字のようなアザ。それが何を意味するのか知らずに育った彼は、目立つ赤髪のせいで学校ではよくからかわれ、いじめの対象となることが多かった。


「お前、なんだよその赤髪?」

「ヒーロー気取りかよ、ダサっ。」

いじめっ子たちに囲まれ、泣いていた彼を助けたのは、幼い頃の凛だった。


「ちょっと、やめなさいよ!」


凛は小柄な体でいじめっ子たちを追い払い、泣きじゃくる海の手を引いた。

「ほら、泣いてばかりじゃダメでしょ。ヒーローって泣くの?」


その言葉に励まされ、海は初めて凛のように強くなりたいと思った。それ以来、彼の心の中で凛は「僕のヒーロー」として刻み込まれたのであった。


数年の月日が経ち、凛と海は大人になり、それぞれ別の道を歩んでいた。だが、運命は再び二人を引き合わせた。彼らは偶然にも同じ企業で働くことになり、オフィスで再会を果たす。


その日、凛は上司から褒められた仕事ぶりに気分を良くしていた。廊下で同僚と話していた彼女は、曲がり角で誰かとぶつかってしまう。


「あっ、ごめんなさい!」と慌てて声を上げたのは、音無海だった。


凛はぶつかった拍子に落ちた資料を拾おうとする海を見下ろし、眉をひそめた。

「ちょっと、前見て歩いてくれない?」


「あ…す、すみません…」

海はペコペコと頭を下げながら、凛の資料を拾い集める。


そのやりとりを見ていた同僚が凛に囁いた。「あの人、音無さんよね。陰キャだけど、仕事はできるって評判みたいよ。」


「へぇ、冴えない見た目だけど…ね。」

凛は興味なさげに肩をすくめ、立ち去ろうとした。


だが、彼女の目にはどこか既視感があった。

(あの人…どこかで見たことがあるような…)

だが、その時にはそれが幼い頃に助けた男の子だとは、思い出すことはなかった。


ある日の夜、オフィスに残っていたのは凛と海だけだった。激しい雨音がビルの窓を叩きつけ、時折響く雷鳴が静まり返った室内に「ゴォォー」と響く。


二人は無言のまま、それぞれ自分の作業に集中していた。


「やっと、終わったわ…!」凛がようやく溜め息をつきながら立ち上がったその時、突然オフィス全体が白い光に包まれた。


「えっ!な、何…?」

光と共に激しい振動が「ズドン」と床を襲い、二人は思わず倒れ込む。


「何が起きてるの!?」凛は叫びながらも、必死に立ち上がろうとする。


「気をつけて!」海は凛を守るように近づいたが、その瞬間、二人の体がふわりと宙に浮き、視界が完全に真っ白に覆われた。


次に目を開けた時、二人がいたのは石畳の道と古風な建物が並ぶ異世界だった。


「ここ…どこ?」凛は呆然と辺りを見回した。


「まさか、これって…」海も信じられない表情を浮かべていた。


その時、銀髪の神官が現れ、彼らに向かってこう告げた



「ようこそ、アストリア王国へ。あなた方はこの地を救うために召喚されたのです。」


こうして、凛と海の物語が動き出した。光と闇が交錯する運命の冒険が、今始まる。

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