彩り
花園眠莉
彩り
今日は親友に文句を言いに行く。手には一リットルのコーヒーを一本とスマホと財布だけ。向かったのは少し遠くの墓地。あの人の実家の近くだから少し遠い。アタシと立川恭也が出会ったのはバイト先のファストフード店。同じ十九歳のフリーターだったからすぐに仲良くなった。趣味はアタシと同じくパチンコで、一緒に行く仲にもなった。パチンコに行く前に必ずアタシの家でコーヒーを飲んでから打ちに行く。その時間が好きだった。でも、その時間は長く続かなかった。
ある時恭也がパチンコ打ちに行った帰りにポツリと自分のことを話し始めた。
「俺ね、家族から逃げたいんだ。…別に、嫌いなわけじゃないんだけど、一緒にいると苦しくて。俺、知っての通り、メンタル強くないし、情緒がたまに変なんだよ。」
「うん、知ってる。それが恭也でしょ。」
「だよな。律の前だとなんでも曝け出してる気がする。で、俺病院に行こうと思ったの。ほんとに、どっかおかしいんじゃないかと思って、でも心の持ちようって家族は一点張りで話を聞いてくれない。逃げたいけど金ないし、」
「パチンコで負けてるからね。」
「度胸ないし、」
「ビビりだからね。」
「毎日消えたくて消えたくて仕方ない。」恭也の顔は悲しそうな辛そうな顔をしていた。
「そっか、でもアタシはアンタに消えられちゃ困るよ。」
「マジ?……律の真面目な顔初めてみたかも。」少しだけ恭也の目に光が入った気がした。
「なんだと〜?いつも真面目な顔でしょ?」軽口を叩かないと何か崩れてしまいそうだった。
「……いやぁ?大体げんなりした顔してる。」
「オールしてるか負けてるからね。アンタと一緒だよ。」
「うわ、早死にしそう。」
「そんな事言うなよ。アタシも自覚してるよ。」そう言ってお互い笑ったけどアタシは不安だった。アンタが本当に消えちゃうんじゃないかって。
その勘は当たってた。二か月もしないうちに恭也は心臓を止めた。それを知ったのは恭也の携帯からの着信だった。
「もしもし、どうした?なんかあった?」相手が恭也だと疑わずにいつものように話した。
「矢田律さんですか?立川恭也の姉です。」あの脊髄反射で話す恭也の声じゃなかった。
「…はい、矢田です。何か御用ですか?」
「………恭也のことでお電話しました。」何となく、嫌な予感がした。
「はい。」この言葉以外出てこなかった。
「恭也は昨日の夕方に亡くなりました。今まで沢山お世話になりました。」
そこからは何があったのかわからないくらい頭が真っ白だった。なんとなくバイトに行って帰って、力尽きるように眠る。休みの時もただひたすら現実から目を背けるように眠る。
それでやっと今日現実を見ようと決めた。目の前には恭也の面影のない墓石が一つ。本当は恭也に言いたかった事を墓石に溢した。
「お前さ、アタシより先に死ぬなよ。恭也のせいでコーヒーも飲めなくなったし、パチンコ打ちに行けなくなったんだよ。アンタとの思い出を思い出したくないから出来ないんだよ。恭也のせいだよ。」そう言ってペットボトルのコーヒーを墓の前に置いた。
「アンタとね、パチンコをうちに行く前のね、気合い入れるためにアタシの家で飲むコーヒーが好きだった。だからいつも一リットルをストックしてたの。そのストック一人で飲むのは虚しくて飲めなかったの。アンタが私の人生の彩りだったの。居てくれることが当たり前でそれが楽しみだったの。だからアンタのせいって言っちゃった。ごめん。でもさ、これ一人で飲むってこと?」愚痴を呟きながら墓の前にしゃがみ込んで少しだけ固い蓋を開けた。いつものコーヒーの匂いがする。私はペットボトルに直接口を付けた。普段なら一リットルのペットボトルに口を付けようと思わないのに。今日だけは良いや。そう、今日だけは良いの。泣かない代わりにコーヒーを煽る。
風が髪を巻き上げた時、恭也の今日は勝てそうって笑う声が聞こえたような気がした。
「はは、頭いてぇ。」カフェインを取りすぎた頭痛を感じながら立ち上がる。今日は久々にパチンコに行こうかな。
彩り 花園眠莉 @0726
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