山鳴り

岸亜里沙

第1話

日下部くさかべ純一じゅんいちは、恐怖に凍り付く。

今の音は、一体なんだったのか。

何十年もの登山歴を誇る日下部でさえ、聞いたのは初めてだ。

「まさか、これは山鳴やまなりか?」

地震や火山噴火の前兆とも言われる山鳴り。

山全体が低くうなるように音を発する、大自然から人類への警告。

それはまるで断末魔の叫びにも似た、この世のものとは思えない不気味な残響。

自分が巨大な悪魔の口元に立ち、そのままわれるのではないかとさえ錯覚する。

日下部は、恐怖で震える足を必死で動かし、下山を始めた。

「早く、この事実をしらせないと・・・」

しかし山は、無情にも強烈な力を発動し、再び巨大な山鳴りをとどろかす。

その瞬間、緩い傾斜の登山道から足を滑らせて、日下部は数十メートル滑落してしまう。

無力な人間を嘲笑あざわらうかのように、山は木々をざわめかせながら、冷たい喝采を浴びせていた。

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