第4話 彼女と彼氏
どうして乗っかったのか。
どうして誘ったのか。
相手がどんな感情を抱いているのかは分からない。
……けど、乗っかった理由はこいつに未練があるから。それだけ。
中学の頃、普段通りに話していたはずの俺たちは、いつの間にか別れた。
世間一般的に言うところの、自然消滅が俺たちには起こった。
理由もわからずに話しかけられなくなり、話してこなくなる。
理由もわからずに一緒に帰れなくなり、忽然と遊べなくなる。
ずっと好きなのに。
ずっと愛してるのに。
正直この誘いを受けた時、嬉しかった。
その嬉しかったが故に――楽しみだったが故に、時間が遅く感じたのだと思う。
小さい頃に遠足に行く感覚と同じと言ったら良いだろう。
それほどまでに、楽しみであり――チャンスだと思った。
「あっ!おっはよ!」
通学用カバンを肩にさげて家から出てみれば、大きく手を振る少女が元気な声を張り上げてくる。
「相変わらず朝から元気だな……瑞月……」
「祐希くんは相変わらず朝に弱いね?」
「天敵だからな……」
眠たい目を擦り、若干痛みを生じる腰を伸ばす俺は天敵の太陽を仰ぐ。
「あ、美結もおはよう」
「……ん、おはよ……」
「美結も朝弱いんだね」
「今日は特別弱いだけ……」
俺の後ろから姿を表す美結に苦笑を浮かべる瑞月。
同じように大きくあくびを披露する美結は――そそくさとそのだらしない顔を直した。
「おはよ、美結」
「あ、うん……おはよ……」
あくび顔を見られた恥ずかしさからだろう。
スイッと顔を逸らす美結は天を仰ぎ、俺のつむじを見たかと思えば地面に視線を落とす。
「そろそろこの家にも慣れたのか?」
「流石に4日も経ったらね……」
「ほーん?友達とはいえ、異性のいる家でよく寝れるな?」
「祐希はそういう事しないから安心して。……というか、私も祐希も、彼氏、彼女持ちだし」
「それもそっか」
タハハっと笑みを浮かべるのは友人である
友人であると同時に、匠海は美結の彼氏。
「でも万が一のことがあるから1週間に1回、私がこの家に視察に来るからね!」
「好きにしてくれ……はあ〜……」
「もうっ、あくびばっかりだらしない」
茶髪の華奢な少女が背伸びをして俺の口を隠す。
美結の言葉でも察しているとは思うが、この少女――
「2人はほっといて先に行くか?」
「あ、そうだね!行こ行こ!」
「いつまで恥ずかしがってんだよ……」
センター分けにした少年の言葉が美結を連れ去っていく。
そんな2人に目を向けていれば、不意にクイッと袖が掴まれた。
「匠海くんと話したいなら早く行くよ!」
「……おう」
未だに眠いと訴えているのは体。
けれどそれ以上に、俺の脳みそが罪悪感を訴えていた。
「イチャイチャしてるところごめんねぇ〜!」
「ずど〜ん!」なんて効果音を口にする瑞月は2人の間に割り込む。
「なんだよ……。俺と美結を離したいだけならやめてくれ……?」
「友達の仲良しさを
「ならそっち側でも――」
「問答無用!私たちも入れる会話をすること!!」
「はぁ……」
呆れ混じりに吐かれるため息は華奢な女の子に降り注がれる。
そんな中、意図せず隣り合った俺と美結は顔を合わせることはなく――クイクイっと美結の袖を引っ張った。
「(……バレんなよ)」
「(分かってる。……あと、夜したのは浮気じゃないし……)」
「(まぁ……そうだな。浮気じゃない)」
「(うん)」
まるで自分たちに生まれる罪悪感を鎮めるような言葉は、憶測通りに騒がしかった俺の心を沈めてくれる。
「あれ?2人とも会話入ってこれてる?」
「え?あーうん。任せろ。放課後カラオケ行くんだろ?」
「……違う。ボウリングな」
「おっし……!」
「おっしじゃねーよ。ちゃんと話聞いとけっての。美結も」
普段通りに紡ぐ俺は慌てて袖を離す。
そして何事もなかったかのようにポケットに手をしまい込み――
「私は聞いてるよ?祐希が聞いてないだけ」
――突然ポケットに入ってくるのは俺とは別の手。
思わず肩を跳ねさせてしまう俺はジト目を美結に向け、
「……おい、擦り付けるな」
「擦り付けてません〜」
含みを込めた言葉を難なくスルーする美結は指を絡ませてきた。
まるで、自分が述べた『これは浮気じゃない』を証明するように。
「相変わらず仲良いなお前ら」
「ね!ずるい!」
「ずるいってなんだよ……」
「私だってもっと祐希と仲良くなりたい!」
なんて言葉を発しながら右腕に手を絡みつけてくる瑞月。
そんな瑞月に苦笑を浮かべる俺は――突然引っこ抜こうとする美結の手をしっかりと掴んだ。
指と指を絡めながら。
罪悪感を感じてないと言わんばかりに。背徳感に快楽すら抱きながら。
「お前らな……。人がいないとはいえ、一応ここは道路だぞ?なぁ美結」
「そだよ?というかよく朝からイチャイチャできるね。流石に私はできないや……」
「俺も同感。そこだけはお前らのこと尊敬するよ……」
「ありがと〜」
「別に褒めてねーよ」
こんなことをしてるやつが何を言ってるんだと左手に力を込めてやれば、返ってくるのは『別にいいでしょ』と言いたげな握力。
――きっと、俺たちはここで手を繋いだのがダメだったのだと思う。
夜のあの瞬間よりも遥かに上回る背徳感は、体中のすべてを刺激する。
その刺激が故に、ソファーの時に緩んだタガが完全に外れたのだと思う。
『あ、バレないんだ』『掴み返しても嫌がられないんだ』『もっとしてみたい』
不純な感情がグルグルと体の中で渦巻く。
その度に握る手が強くなる。
さすれば応えるように相手の力も強くなる。
お互いを求め合うように。もっとこうしていたいと言わんばかりに。
「(ゆ、祐希……ちょっと、痛い……かも)」
「あ、ごめ――」
慌てて手を離した俺はポケットから手を抜く。
そうして気付いた。
普通に声を上げてしまったことに。
「祐希くん?どしたの?」
「あ、いや、なんでもない」
「……その格好でそれはないでしょ……」
そう言われて己を見下ろしてみる。
そうして視界に入るのは、何もしていませんよと言いたげに上げられた両手と、美結からこの上なく距離を取っている足。
「……はい。素直に白状します……」
思わず苦笑を浮かべてしまう俺は上げていた両手を下げ、足を止めた3人を見やった。
その際に美結が小さくふるふると首を横に振っていたが、俺はそこまでバカじゃない。
下げた手でピッと美結の右足を指さした俺は、申し訳無さそうに口を切った。
「美結の足踏んじゃってな……。ごめん」
「え?あ、あぁ……うん。別にいいよ?痛くなかったし」
俺の嘘を本当にしてくれる美結は右足を見下ろし、クルクルと回して痛くないよアピールをする。
「なーんだ、そんなことか」
「そんなことってなんだよ。割とまじで踏んで申し訳なかったんだぞ?」
「それは……そうかも知れないけど、びっくりするじゃん?というかびっくりした!」
「……それはごめん」
「別にいいけど、次は踏まないように気をつけてね?美結ちゃん可哀想」
「……はい」
我ながら名演技だとは思う。
苦笑を浮かべる美結を横目に、瑞月に頭を下げる俺。
そんな俺なんて無視する匠海は美結の隣へと立ち、
「やっぱり俺が隣りに居たほうがいいな」
「別に大丈夫だよ?避けれなかった私も悪いし」
「……いきなり踏まれるのに避けれるかっての」
「私、結構反射神経あるんだよ?反復横跳びだって53回だし!」
「反復横跳びは瞬発力な。反射神経とあんま関係ない」
「じゃ、じゃあ握力!31あるんだよ!」
「もっと関係ねーよ」
果たしてこれは動揺してアホになっているのか。はたまたわざと演じて話を逸らせようとしているのか。
美結本人じゃない俺が断定することはできないが、ナイスとだけは言えた。
「止めた俺が言うのも何だけど、遅刻するぞ?」
「そうそう!2人だけの世界に入らないで早く行こ!」
「……先に入ったのお前らじゃね……?」
「いいからいいから!」
そんな声を上げる瑞月はなぜか俺の手を握り、後ろの2人を置いていくような勢いで走り出す。
気にしすぎだとは思うが、俺と美結の距離を離すように。
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