2. 帰宅タイム ~新聞売り・行商人・女将
「新聞!新聞はいかが〜!今日もネタは、盛りだくさんだよ〜!そこの御方、一つ買っていきませんか!」
店から宿に戻る途中、新聞売りの少年の威勢のいい声が耳に入る。
少年は新聞が発行されるたび、決まってここにいる。歳は10歳くらいだろう。肩ほどまである銀髪を後ろで束ね、人懐っこい顔を覗かせている。性格も親しみやすいもので、今も道行く人に声をかけつつ、新聞を売っている。
「最近のモンスター状況から、貴族の情勢やコラムまで!たった大銀貨一枚で、ほしい情報が手に入る!......」
「ふむ。」
その声に反応すると、少年がこちらに気づき、笑顔で駆け寄ってくる。
「あ!騎士のおじさん、お久しぶりです。今週も買っていきますか?」
「一部、貰おう。」
「まいどあり!毎回買ってくれて、うれしいです。ありがとうございます。」
私は少年に金を渡し、新聞を受け取る。
「またね、騎士のおじさん。」
少年は新聞を抱えなおし、次の客を探して再び声を張り上げる。
私は新聞を折りたたみ、再び歩き出す。
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宿まであと数分というところで、馴染みの行商人、コナーが露店を畳んでいる様子が目に入る。
コナーは、この王都を拠点にしながら各地を巡る行商人だ。商業人らしい軽妙な話術と、どこか芝居がかった言動が特徴だ。そこが少し滑稽で、話や商品に惹かれる所以なのだろう。
「こんにちは、カッラさん。お勤め帰りですかな?」
「あぁ、一仕事終えて帰るところだ。そちらもか?」
「えぇ、まあ一応。」
コナーは帽子を押さえ俯き、顔に影を落とす。
普段の彼には珍しく、歯切れが悪い返答をする。疑問に思っていると、こちらの表情を読んだように、続けて話をする。
「......ちょいとばかし、厄介なことがありましてね。最近、辺境に大きな商会が出来ちまいまして。そいつのせいで、行商人の商売があがったりなんですよ。」
彼は肩をすくめ、苦笑する。
露店の荷物を見ると、まだ売れ残りが目についた。
「その商会ってのが、いろんなことを手広くやってる大きな商会らしくてね。今まであっしらが運んでいた商品の、何倍もの種類が売られているんですわ。それに、段々とその商会の景気がよくなってきたもんで、前まであっしらと交流を持っていた人も、そっちへ流れていっちまうんですよ。」
言葉の端々に悲しさや悔しさが滲んでいる。
彼もこれまでに何度か、そのような経験をしたのだろう。
「ふむ。確かに、行商人にとっては痛手だな。」
「えぇ。そんで、やっていけなくなった行商人が出てきちまってねぇ。明日は我が身って感じで、行商人仲間は不安でいっぱいで。」
「......なるほど。」
「ただ、商会はそういうやつらを荷運び人として雇う動きがあるみたいなんで。実際、あっしにも声を掛けられやした。」
「ほう。それで、お前はどうするのだ?」
「断りました、儲けが減ったのは確かなんですが。あっしの目指す行商人ってのは、端の人にも物資を巡らせる、儲けよりも人情を大切にするもんなんで。何より、人があまり寄らない小さな村を回るのが性に合ってるんですわ。あっしはあっしのやり方で、必要なもんを必要なとこに届けたいんです。」
そう言って、コナーはニカっと笑った。
彼の露店の商品には、街の商店では手に入らない珍しいものが多い。きっと彼は、これからも村々をめぐり、そんな品々を売り買いしながら生きていくのだろう。
「なるほど。お前らしいな。」
「へへっ。まぁ、そんなわけで、あっしは行商人を続けますよ。商会がどうなろうと、あっしには関係ない話ってことで。」
自慢げに話をしながら、最後の商品を荷車にしまう。
「じゃぁ、あっしはそろそろ失礼しやす。明日には王都を出て、村々を巡るつもりなんで。カッラさんも、お元気で。」
「あぁ、互いにな。」
軽く手を挙げて別れ、私は再び帰路につく。
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宿の門をくぐろうとしたところで、女将の声がかかった。
「おかえり、カッラさん。ちょうど良かったわ。」
振り向くと、受付台の前に女将のポーニャが立っていた。
彼女は小柄だが、昔からこの宿を切り盛りしてき頼もしき女性だ。その勘の鋭さは、私が兜を被っていても表情を見抜くほどで、時折こちらが驚かされることもある。
「どうかなされたか?」
「実はね、昼間に花をもらいすぎちゃって。」
そう言いながら、ポーニャは受付台の上を示す。そこには、小さな白い花の束がいくつも並べられていた。
「お客さんからの贈り物なんだけど、さすがに部屋に飾りきれなくてね。カッラさんも、よろしければいくつか持っていきません?」
「……私に?」
「そうよ。これは白百合。あなたも知っているでしょ。慰霊碑にもよく供えられる花なの。」
白百合。
戦場に散った仲間たちの姿が脳裏をよぎる。かつて共に剣を掲げ、戦い、そして帰らなかった者たち。
もう、そんな日が来たのだろうか。そう思うと同時に、穏やかで時の流れを忘れてしまうほどの今があることに気がつく。
「……一本、いただきましょう。」
「一本だけ?遠慮しなくてもいいのよ。二、三束持っていっても構わないわ。」
「いえ、私には一本で十分です。よろしいでしょうか?」
「もちろんよ。あなたらしいわね。」
ポーニャは軽く微笑みながら、束の中から白百合を一本抜き、そっと私の手に渡してくれた。
窓から差し込む夕日に照らされ、白い花弁が淡く揺れている。
「ありがとうございます。」
「どういたしまして。さ、ゆっくり休んでね。」
私は白百合を丁寧に持ち、静かに部屋へと向う。
廊下を吹ける風が、わずかに花の香りを運んでくる。
その優しい香りに包まれながら、私は部屋の扉を開けた。
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