1-7
でもシリルとは雰囲気が違うわ。落ち着いてて、大人っぽい。素敵な人。
「初めまして。エリザベスと申します」
声も落ち着いていて、耳に心地好かった。アニーはしばらくぼんやりして、そしてはっと我に帰った。
「あ、あの! あたしはアニー・ベイカーで……」
「弟から話は聞いているわ」
エリザベスはほほえんだ。優しいほほえみだった。この人、きっといい人! たちまちアニーは思った。
「どこ行くの?」
シリルが尋ねた。アニーは手に持った本を見せながら言った。
「レイトン姉妹のところ。本を返しに」
「奇遇だな。僕らもなんだよ」
「あら、約束でもしてるの? だったら、あたし、日をあらためたほうが……」
シリルは笑った。
「約束なんてしてないよ。無作法にも押しかけに行くのさ。暇だから。そう、最初は姉さんと君に会いに海岸に行ったんだよ。でも君はいないから、じゃあレイトンさんのところにでもおじゃまするか、ってなったんだ。ここで君に会えてよかったよ」
「あなたに会いたかったの」深みのある優しい声で、エリザベスは言った。「弟からあなたの話をたくさん聞かされて。私も化石が好きなの。お話してみたかったのよ」
「あの……あたしもその……会ってみたかったです、お姉さんに」
よいお客になってくれるか、興味があったので……とアニーは思ったが、それは言わなかった。最初からお金目当てだと思われるのは困る。それに化石好きならば、純粋に、同好の士として話をしてみたい。
「あなたのお店にもいつか行きたいわ。今まで行く機会がなかったの」
「いつでもどうぞ! お待ちしております!」
アニーは張りきって答えた。そしてすぐに気づいた。いつでも、と言ってもお休みの日がある。アニーはそこで定休日を伝え、エリザベスが熱心にそれを聞いた。
「とりあえず、今日はレイトンさんのところに行かない? 本返すんだよね?」
横でシリルが言った。そうだった。本来の目的を忘れるところだった。
そこでアニーは、シリルとエリザベスとともに、レイトン姉妹の屋敷へと向かったのだった。
――――
レイトン姉妹の屋敷は小ぶりで派手さはない。けれどもよく手入れされた庭に囲まれたその屋敷は、姉妹の性格を表すかのように穏やかで慎ましく、温かく見えた。アニーはこの屋敷が好きだった。
玄関の呼び鈴を鳴らすとむっつりとした顔のメイドが出てきた。三人にそっけなく言う。
「すでにお客様がいらっしゃるのです。ですから今日は……」
「あら、また新しいお客さんね」
居間から出てきた女性がアニーたちを見て言った。レイトン姉妹の妹のほう、マリアだ。
「いいのよ、お入りなさい」
マリアは優しく三人に言った。
マリアにうながされて居間に入ると、そこには二人の人物がいた。中年の女性と中年の男性。女性はマリアの姉であるジェーンだ。そして中年の男性は――アニーは名前を知っていた。エヴァンスさんだわ。
アニーは少し警戒した。エヴァンスさんは別に悪い人ではない。ではないけれど……変わっているのだ。
「まあ、今日はお客様の多い日ね」
ジェーンがにこにこしながら椅子から立ち上がって言った。テーブルの上にはお茶とお菓子。そういえば、お茶の時間だわ、とアニーは思った。
「あの……ごめんなさい。本を返しに来たんです」アニーはジェーンに言った。「本を返したら帰ります」
「そんなこと言わないで」ジェーンはアニーにほほえみかけた。「お茶をいかが? そちらの方たちも」
そう言ってジェーンはシリルとエリザベスを見た。エリザベスは迷っているようだったが、シリルがたちまち元気良く、「はい」と答えた。
テーブルに案内され、アニーたちは空いている椅子に座った。マリアが「メイドにお茶を持ってこさせましょうね」と言い部屋を出て行った。
なんだか悪いわ、とアニーは思った。お茶を飲みに押しかけたみたい。そんなつもりはないんだけど……。シリルを見ると、何も気にしていないようだった。
アニーがレイトン家でお茶をもらうのは初めてではない。この居間にも何度も来たことがある。清潔で、掃除が行き届いていて、温かく居心地の良い居間。家具はどれもお金がかかったものだろうけど、派手ではないし親しみやすい。まるでレイトン姉妹のように。
姉妹はどちらも40代だった。姉のほうが小柄で丸っこく、妹はほっそりとして背が高い。髪にはちらほら白いものが混じり、さほど美人ではないけれど、いつもにこにことして物腰がやわらかだ。
そしてもう一人。アニーは先客の姿を見た。まじめな顔でお茶をすする中年の男性。こちらも40代くらいだろう。けれどもアニーは彼が一体いくつなのか正確にはわからなかった。
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