第28話 記憶

その日言われた言葉をわたしは一生忘れない。




ずっと待っていた電話は、夜の12時を過ぎてからかかってきた。



「起きてた?」


「起きてたよ」



もうずっと……あんまり眠れてないから。



「ごめん、連絡が遅くなって」



あのね、遼からの電話を待つ間、わたしは学校へ行って、友達とバカな話をして、ちっとも笑えないのに笑って、家に帰って食べたくもないご飯を食べて……

何もないふりをし続けてたんだよ。

お腹の中の命は育ってるのに。

何も変わってないふりを続けてたんだよ。



「大事な話って、何?」


「あのね……」



本当は、電話なんかじゃなくて会って話したかった。



「あのね……」



ひとりでいたくない。

ひとりは嫌。



「……薬局行って、検査薬買って、そしたら……亅


「検査薬?」


「……陽性……だった亅



遼、怖いよ。

話せる人も、頼れる人も、わたしには遼しかいない。



「……どうしよう?亅



遼からの返事がないまま、長い時間が過ぎていく。

本当は数秒だったのかもしれない。

でも、すごくすごく、長い時間に感じた。



「病院へは行った? 病院でもう一度検査したら、間違ってたってこともありえるんじゃない?」



涙が、頬を伝うのがわかった。

欲しかったのは、そんな言葉じゃない……



「市販の検査薬でも……精度は99%だって」


「……菜々子、ごめん」


「……ごめんって?」


「ごめん」


「『ごめん』だけじゃわかんない」


「今は……無理」


「無理って何が?」


「ごめん」


「わかんない。ちゃんと言って」


「……堕して」



ぎゅっと身体中が押しつぶされるような恐怖。

ぞわぁっと広がっていく暗闇。



「……責任とるって……前に……言ってくれたよね? あれは……嘘だったの?」


「……あの時とは、状況が違う」


「何……その言い方……?」


「少しでも早い方が体の負担が少ないよね? 費用は全部払うから――」


「何……それ?」



この人は誰?

わたしの知ってる遼はこんなこと言わない。

わたしは誰と話してるの?



「同意書がいるよね? もらったら教えて。なるべく早く書くから」


「わかった。じゃあね」



それしか返事できなかった。


わたしは彼の何を見て、どこを好きだったんだろう?




わたしが「嫌だ」と拒否すれば、遼は聞いてくれた。

わたしの嫌がることは決してしない。

だから、自分に責任があるのもわかってる。



泣いても泣いても、涙がとまらない。


今更何を思ったって、自分の身に起きていることは、もう、なかったことにはできない。

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