第15話

今にも雨が降りそうな天気のせいなのか、並んでいる人もいなくて、すんなりと観覧車に乗ることができた。


観覧車自体はそんなに大きいものではなかったけれど、ビルの上にあるから、少し上がっただけで、高いところまで来た様に感じる。

夜は無数のビルの明かりで、きれいな夜景に違いない。


あいにくの空模様で、遠くの方は雲でぼんやりしていた。


外を見ていると、窓に小さな水滴が落ちた。

「雨」と思ったら、小さな雨粒は瞬く間にゴンドラの窓を濡らし、その雫ですっかり外は見えなくなってしまった。



「雨降っちゃったね」



ずっと外を見ていたので、初めて正面に座る小島さんの方を見ると、両手をギュッと握ってちょっと下を向いていた。

その様子に、実は高所恐怖症だったのかと思った。



「もしかして、高所――」



その時、観覧車が1番上まで来た。



「好きです。付き合ってくださいっ」



時間がとまったみたいって、こういう感じなんだ。



「返事しなくちゃ」とかそういうのは全然頭に浮かばなくて、言われたことを理解するまでに時間がかかった。


小島さんはずっと黙ったまま、不安そうな表情でわたしを見ていた。


2人きりの狭い空間の中は静寂に包まれていて、その間も観覧車はどんどん下がって行く。



返事……



何か、きっと相応しい言葉があるはずなのに、言えたのは一言だけ。



「はい」



そう返事をしたのと同時に、ゴンドラは地上に着いて、係員の人がドアを開けた。

小島さんは先に降りると、わたしに手を差し出したので、自然にその手を掴んで降りた。



「とりあえず、屋根のあるとこ行こう」



そう言われ、手を掴まれたまま、屋根のある場所まで引っ張っていかれた。


沈黙の中、繋がれたままでいる手を見ていると、それに気づいた小島さんが慌ててその手を離した。



「これは、違う! そういうんじゃなくて! いきなり手を繋ぐとかそんな図々しいこと考えてないから!」



妙に焦って弁明するのがおかしくて、つい笑ってしまった。



「えっ……と?」


「ちょっと、びっくりして」


「あ、あー、そっか」


「さっき、どうして一度『乗るのやめよう』って言ったの?」


「それは……OKもらえたら今日が記念日ってやつになるから。いつか2人で思い出すことがあった時、灰色の空じゃなくて、真っ青な空の方が菜々子ちゃんが喜ぶかな、って」



天気を気にしてたのはわたしのため?


空の色なんて関係ないよ。

景色も天気も、そんなこと関係ない。


嬉しかった気持ちを忘れないから。



「今日、絶対言おうって決めて来たんだけど、会ったら一気に緊張して……一日中、感じ悪くてごめん」



それで……ずっと、変だったの?



「よろしくお願いします」



かしこまって頭を下げ、顔を上げた時、小島さんの嬉しそうな顔が目に入った。



「『小島さん』はもうやめてよ。すっごい他人行儀みたいで……寂しいというか……」


「でも……」


「遼でいい」



それは、無理。

8つも年上の人を呼び捨てとか、無理。



「それは……ちょっと……」



さっきまでにこやかだった表情が、目に見えてしょんぼりしたものに変わった。

何でそんなにわかりやすいの?

笑いそうになったけど、ここで笑ったら失礼だと思って必死に堪えながら言った。



「遼さん……でもいい?」


「それでもいい。『小島さん』よりはよっぽどいい」


「運目の日が増えた?」


「会うたびに増えるから最近やばい」



そう言いながら、笑顔を見せてくれた。





嘘じゃなかった。


恋愛経験なんて、ないに等しかったけれど、それでもあの時見せてくれた笑顔は、嘘なんかじゃなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る