2/1カノジョ ~推しVTuberに救われ両片思いになるが、実はアンチと誤解されていた~

星うさぎ

第1話 フラレて配信

「あっ、ごめん」


「……こっちこそ」



 翔也が担当しているテーブルのコーヒーを入れていると、同じようにコーヒーの準備をしに来た女性と手がぶつかった。

 彼女は水野 翔也みずの しょうやが半年前まで付き合っていた高岡 理恵たかおか りえ

 この春にお互い大学二年になったが、去年のクリスマス前に翔也はフラれた。



「ねぇ? なんか今日楽しそうだね?」



 カップを温めるために、理恵は下を向いたままお湯を注いでいる。

 ショートボブの淡い茶色の髪が垂れ下がって、翔也からは理恵の顔は見えない。

 二人が今いるのはバイト先のフレンチレストラン、ルーシェ。

 二人とも大学別々の上京組であったが、ルーシェの繋がりで付き合い始めた過去がある。


 結構有名なレストランで、昔どこかの大使館であったお屋敷を改装して使われている。

 都心でありながら閑静かんせいな場所に位置し、個室も対応できるため有名人が訪れることもしばしばだ。

 たとえばサッカー日本代表で、海外クラブに所属している選手や芸能人などが訪れることもある。

 それはきっと車を敷地内まで乗り入れることができるというのも大きいのだろう。

 俗な話ではあるが、車の乗り降りでパパラッチを気にする必要がないからだ。



「べつにそんなことはないけど。土曜日が夕方で上がりなんて滅多めったにないからかな」


「ふ~ん。このあとお出かけでもするの?」



 理恵が探るような目を向けてくる。翔也に新しい彼女ができたのかというところだろうか。



「そんな予定はないよ」



 翔也はシュガーポットのフタを取って、砂糖をかき混ぜて固まっているところがないかを確認する。

 ルーシェはそこそこ値段が張るレストラン。値段が安ければ問題ないという話ではないが、高いのに固まった砂糖を出してしまえばサービスの質を余計に疑われてしまうことはあるだろう。



「二人でなに話してるの? 俺にも教えて」



 翔也がコーヒーの準備を終えると、壁の側に立ってゲストに気を配っていた海堂 充かいどう みつるが寄ってきた。

 歳は二五歳で、一八〇センチ以上ある身長は翔也より一〇センチ以上高い。

 学生の翔也より大人であることは間違いなく、気さくなところもあるルーシェの正社員。

 そして翔也がフラレた原因の一端でもある。

 理恵はさっきと違って申し訳無さそうな目を逸らし、翔也に気まずそうに口を閉じた。



「話なんてしてないですよ」


「そうなの? 元カノ・・・だから話しやすいこともあるんじゃない? 少しくらい俺なら平気だぞ?」


「べつにないですよ」



 翔也はそう言うと避けるような態度でホールにあるカウンターから出て、そんな彼を海堂が茶化すような目を向けていた。

 険悪というわけではないが、翔也は海堂とは極力話さないようにはしている。

 理恵が海堂と付き合い始めたのは翔也と別れてからではあるが、二人の浮気が原因であったため、翔也からすればなかよくおしゃべりなんて気分にはならない。

 翔也にとって理恵は初めての彼女だったことを考えれば、今のような対応になるのもなおさらだったのだろう。


 厨房ちゅうぼうにあるデシャップをへだてて向こう側には、料理人の戦場が広がっている。

 これから翔也が運ぶデザートを盛り付けている人もいれば、メインの肉をフライパンで焼いている人などそれぞれだ。



「一六番デセールよろしく」


「はい。デセールいただきます」



 翔也は担当の伝票にチェックを入れてデザートを受け取った。

 このデザートにはブリュレとアイスが置かれ、アイスにはベリー系の赤いソースが添えられている。

 クリーム系のソースではないため、お皿が傾いていればすぐに流れてしまうだろう。

 そうなっては盛り付けが変わってしまうため、細心の注意を払ってサービスをする。



「今日はデートかなにかですか?」


「そうなんです。娘夫婦がランチの予約してくれまして」



 このテーブルは五〇代の夫婦で、奥様の方がうれしそうに翔也に返答をした。



「そうなんですか。季節で料理も変わりますので、よかったら今度は皆様でお越しください」



 


 翔也が帰宅したのは六時過ぎ。いつもの週末ならランチから通しでディナーもやるため、この時間に帰宅なんて滅多めったにないことだった。

 翔也はパソコンの電源を入れて、立ち上がる間に上着と腕時計を外す。

 腕時計は知らない人から見ればパッと見わからないが、裏には《レイラモデル》と刻印こくいんされている。

 これは翔也がある時期から見始めるようになったVTuber、レイラがコラボした腕時計だ。



「さてと、週末でリアタイなんて久しぶりだから、時間までアーカイブ消化しながらご飯の準備でもするかな」





 チャンネルの開始ボタンを押して、えみるはキッチンに置いてあるウォーターサーバーで水の用意をしていた。

 大きめのタンブラーにお水を並々と注ぎ、それをいつもの定位置へと置く。

 いつもより若干ご機嫌のようで、自分のオリ曲を口ずさみながら少し前に買ったイスへと身体を沈めた。

 長めの明るい髪は少し個性的で、ロングヘアーのウルフカット。

 えみるの髪が明るいのは地毛だ。

 父親がハーフで祖父が日本人という血筋で、むしろ海外の血の方が濃いタイプのクォーターだからだろう。

 身長は女性の平均より少し低く小柄。だが体型はあまり関係がないのか、着ているTシャツを押し上げている胸の存在感は大きい方であった。



『ミュート』『歌ってるw』『マイク入ってる!』『ミュート!』『ご機嫌やん』

『聴こえてるよ』『草』『歌枠にしようぜ』『ミュート』『もっとやれ』『草』


「えーーー!! ――――」



 いつものオープニングが途中で切り上げられ、レイラの配信が突然始まる。

 部屋の背景にレイラの立ち絵――もとい、レイラが画面に現れた。

 薄いミルクティー色のふわっとした長い髪はいつも下ろしていることが多いが、今日は一本に結ばれている。

 可愛い系のなかに凛々りりしさが感じられる表情の造形ぞうけいは|完璧で、メガネをかけた女子高生の衣装を着ていた。

 この衣装はそんなにレイラは使うことがないため、きっとなにか配信に関係があるのだろう。



「いつも歌ってるわけじゃないんだよ」


『キミ歌上手いね』『生歌えがった』『レイラの声にクリソツ』『途中でやめるな!』


「キミ歌上手いね。フフ、ありがとう。――――レイラにクリソツ? 本人ですぅっ!」



 今日の配信タイトルは【裁判! 事実だけど嘘で塗り固めて覆せ!】で、今までクラフトゲームでやってきた悪事によって裁判にかけられるという配信だった。


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2/1カノジョ ~推しVTuberに救われ両片思いになるが、実はアンチと誤解されていた~ 星うさぎ @lightnovelpeko

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