お姉ちゃんではなかったけど今日までお姉ちゃんでもあった私

 私が大学を卒業してとある電機メーカーに就職して三年ほどたちました。そして新人研修が終わってからはずっとプロジェクトに加わって医療用義体システムの開発を続けています。失った身体の一部を機械で補完するものからすべてが機械で構成されているものまで。


 前の世紀の終わる少し前に生まれたのにもかかわらずスマホを見たことも触ったこともなかったお姉ちゃんがうちの会社のチームで開発した機械の体を使って「帰って」きました。今の身体の外見は十歳相当なので、大人になるまで二回交換する予定になります。これは本格実用化されて普及しても変わらない予定で、最後の大人の体は自分のものになりますが、子供時代の身体はレンタル扱いになります。もっともゼロ年代なかばに命を落とした彼女は自分自身がそのスマホよりもはるかにすごい機械になるなんて想像さえしていなかったと思います。


 わたしたちの苦労と試行錯誤と数え切れないくらいの回数の実験と、意思決定エンジンなどの数え切れないくらいの行数のコーディングが実って、そして最後にお姉ちゃんの記憶、意識データをインストールして、やっと今日という日が迎えられました。当日の診断モードによる最終点検も終わり、いよいよ本稼働の電源を入れました。

「ここどこ?」

彼女が機械の体を持って戸惑い気味の表情で初めて発した言葉を聞いて私達は涙ぐみました。

「お姉ちゃん、ここは危険な場所じゃないよ。私はあなたがずっと眠っていた間に生まれた妹だよ。あなたと会えて、本当に、本当に……ううう……」

泣きながら私は他のプロジェクトスタッフの拍手に迎えながら無事に稼働した彼女を抱きしめました。


 そして私は彼女を実家に連れていきました。そこに着いて玄関を開けた時、お母さんは飛び出すかのような勢いでこちらに向かってきて彼女を抱きしめました。

「お母さん、お母さんだよね……」

お姉ちゃんもお母さんに駆け寄りました。

「夏美……今までずっと辛かったよね。あんな怖い思いして、動けなくなって、警察の方に体じゅうを見られて、それから箱に入れられてから何十年の間ずっと暗くて周りも何も見えないところにずっと閉じ込められて。奈月、かけがえのない夏美を取り戻してくれて本当にありがとう。長年、特に精神的に苦労させて本当にごめんなさい。改めて謝っておくわ。あの日、わたしが夏美をあそこに連れて行かなければ……」

「いいのよ、お母さん。やっと私達の本当の幸せが掴めたのだから」 

お姉ちゃんとお母さんの目に涙が浮かんでいました。


 これで私はようやくお姉ちゃんの仮面を完全に外すことができました。実家に帰ったときに、ふりもしなくてもよくなりました。うちの両親は七十代半ばにして三度目の子育てになりますが、十年という時間はどれくらいの長さなのか理解することさえ許されなかったお姉ちゃんの気持ちを考えたら仕方がないのかもしれません。四十五年ぶりにこの世で生活できるようになったお姉ちゃんの人生に光あることを祈っています。


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お姉ちゃんではないけどお姉ちゃんでもある私 数金都夢(Hugo)Kirara3500 @kirara3500

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