5
「私、全部思い出したの、みーちゃん」
栞の大きな瞳から涙が頬を伝っていく。ここ数日記憶を取り戻しそうなタイミングは在った。しかし思い出しそうになる度に、私の顔を見てショックがぶり返し、記憶がまた奥底に沈む、を繰り返していたに違いない。栞の記憶が再びその扉を閉ざす様子はない。私をじっと見つめたまま、そこに”本当の”栞が居続けいている。いよいよその時が来た。思えば楽しい日々だったが、同時に死刑執行の日を待つ様な気分でもあった。
「ごめんね、栞。守ってやれなくて。父さんが、あんな…」
「大丈夫。謝らないで」
栞は私を抱きしめる。しかし私はその体を離す様に肩を掴む。
「私は自首しないといけない。父さんを殺したんだから」
栞は目を見開いて私を見る。
「でも、そしたら、これからどうすれば…」
より一層流れるその涙に負けそうになって奥歯を噛む。
「好きだったよ、栞。ずっと好きだった。少しの間でも、恋人気分が味わえて良かった」
「嫌だよ。一緒にいてよ」
「ダメなんだよ」
私は玄関に向かう。栞が縋る様にして私のコートを掴む。
「離して、お願いだから」
すると、急にその力が失われ、私は身軽になる。振り向くと栞が涙を流しながらこう言った。
「貴女、誰?」
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