「私、全部思い出したの、みーちゃん」

栞の大きな瞳から涙が頬を伝っていく。ここ数日記憶を取り戻しそうなタイミングは在った。しかし思い出しそうになる度に、私の顔を見てショックがぶり返し、記憶がまた奥底に沈む、を繰り返していたに違いない。栞の記憶が再びその扉を閉ざす様子はない。私をじっと見つめたまま、そこに”本当の”栞が居続けいている。いよいよその時が来た。思えば楽しい日々だったが、同時に死刑執行の日を待つ様な気分でもあった。

「ごめんね、栞。守ってやれなくて。父さんが、あんな…」

「大丈夫。謝らないで」

栞は私を抱きしめる。しかし私はその体を離す様に肩を掴む。

「私は自首しないといけない。父さんを殺したんだから」

栞は目を見開いて私を見る。

「でも、そしたら、これからどうすれば…」

より一層流れるその涙に負けそうになって奥歯を噛む。

「好きだったよ、栞。ずっと好きだった。少しの間でも、恋人気分が味わえて良かった」

「嫌だよ。一緒にいてよ」

「ダメなんだよ」

私は玄関に向かう。栞が縋る様にして私のコートを掴む。

「離して、お願いだから」

すると、急にその力が失われ、私は身軽になる。振り向くと栞が涙を流しながらこう言った。

「貴女、誰?」

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