第5話

「柚樹さん、補習で居眠りですか。いい度胸ですね。」

「涎、垂れてますよ。」


私は眠っていたようだ。

半開きの硝子窓からは、穏やかな春の香りが風と共に吹き込んでいた。

二分咲きと思わしき地桜の花吹雪が教室に舞い込み、演出じみた風景に驚く。


「おぉ。」


声が思わず出てしまったが、幸いなことに教室には二人しかいない。

小倉の馬乗り袴の濃い藍色に初々しい桃色の花弁が良く映える。

夢の中はアクロームで満たされていたが、ここは違うのだ。

私はこれがもう一度見たかった。この少女と。この身体と。この声と。


「綺麗ですね、先生。」


彼は身を震わせる程の性欲の悲鳴を聞いていたのだろう。

獣でさえ果たす生物の循環構造を己の機能を以ってして呪ったのだろう。


「先生?」


もう、やめてくれ。

そんな甘えた猫撫で声で私を呼ぶのは。


「先生ってば。聞いてる?」


もう、やめろ。

誰か彼女を黙らせろ。もういい加減に気が狂いそうだ。


「ふふっ。もう、どっちが本物か分からなくなってきてるの?」


「私はどっちでもいいのに。」


風景は消えた。桜は消えた。

でも彼女はここにいる。私の最愛の女はここに。

珠のように美しい少女だった。

言葉は彼女を讃美するために作られた。

彼女の御髪は上質な黒絹で出来ていた。

歩行という動作はこの黒絹を揺らし、輝かせるために生まれたに違いない。

また、白髪が見られるのも、鉄漿に混ざる純白なる歯のようで愛らしい。

艶やかな黒は虹彩の繊維に潜む蜂腰の隙間に入り込み、深淵ともいえる暗さに感嘆する。アベイユの隙間は暗い。羊水の漣は陰鬱に沈む夜の暗さに吸い込まれ、音だけになる。都会の街並みは騒がしい。それは繁殖の騒ぎだ。外は明るいが、内は暗いのだ。模範的な彼女は外も暗いのだ。だから、手に入れたくなる。だから、欲しい。彼女の皮膚の柔らかさ、そして内なる骨骼の確固たる意志よ。防衛の衝突よ。私の内はその瞬間に熱され、溶かされ、法に縛られた繭からは、蛹擬きが流れ出る。もう止められない。その肢体に取り憑かれ、離れられなくなる。頸を鎖で繋がれる。花は求めてくるのだ。花弁が全て散ろうとも、機能はその機能として自動的に求めるのだ。粉々はもう止まらない。私も限界だ。私の機能は私ではない。私はいない。私はいない。下腹部に位置する生殖のインデックスは、連なった映像を分裂しては、結合させる。例えば、母親の細胞だったり、娘の娘だったりだ。勿論、娘の息子でもいい。それは、永遠の想起だ。あぁ、嫌がってたさ。邪魔が入らないように必死だよ。衒学はメロディだ。そして、脳はリズムを取る。手拍子はいらない。勝手に音は鳴る。

寂しくなんてないよ。だって僕には恋人がいるんだ。もう安心してよ、母さん。


鍵を閉めて。       

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