29話 最悪のバースデー

「お兄ちゃん!! 次はあそこ行きたい!」


「おいおい、まだ行くのか?」



東京、原宿。


太陽のような眩しい笑顔を向ける未来に、進也は呆れつつも、妹のはしゃぐ姿に笑みを浮かべていた。そんな進也に、未来は唇を尖らせて不機嫌そうな顔をする。



「えー? だって今日は誕生日だから、どこでも好きな所連れてってやるって言ったじゃーん」



そう、この日は未来の誕生日だった。両親が事故で早くに亡くなり、幼かった未来には悲しい思いをさせてしまった。だからこそ、秋菜と進也は、両親の分まで未来に愛情を注ごうと精一杯努めていたのだ。


特に長女の秋菜は、一番上という事もあり、その意識は高かった。この日もバイトに行っており、午前中は進也が未来を好きな所に連れて行く事になっていた。



「そうだな。今日は未来の誕生日だ」



未来の頭に優しく手を乗せて言うと、慈しみのこもった目で未来の方を見る。



「ありがとう!! お兄ちゃんっ!!」



さっきまでの不機嫌な顔はどこへやら。満面の笑みを進也に向けると、さっき行きたがっていた店の方へ、走り出す。否、走り出そうとした時だった。



『我が名はアグリー、貴様らも我と同じく醜い怪物になるがいいわ!!!!』



突然上空からそんな声が聞こえてきたのだ。当然、未来と進也を含めたその場に居た者達が、声が聞こえた上空を見上げると、何機もの飛行船が飛んでいた。


その飛行船のうちの一機から、こちらを見下ろしている声の主と思われる者は、見る者に強烈な印象を与える程醜い姿をしており、同時にその人とはかけ離れた異形の姿に恐怖心が湧いてくる。


異様な光景にざわめく人々に構わず、突如現れた醜い化け物は、黒い玉を投下した。いくつもの黒い玉は、地面に落ちると、プシューっと音を立てて、白い煙の様なものを上げる。



「お兄ちゃん!!!!」



視界が遮られ、何も見えない。何か悪い事が起こるのは、未来にも想像がついた。必死に兄の名前を呼ぶ。



「未来! どこだッ!」


「お兄ちゃん! 私はここっ!」



兄の声がする方へ走ろうとした瞬間だった。上空から勢いよく自分の手を引く者が居た。



「えっ!?」



一瞬何が何だか分からなかった。手を引かれたかと思うと、自分の足はもう地面についていなくて、次に来るのは激しい浮遊感と飛行船の飛翔する勢いで来る強い風。


そして飛行船が上昇角度になった時だった。飛行船が飛び上がる勢いで、一瞬だけ煙が晴れたかと思うと、進也と目が合う。



「お兄ちゃんっ!」



こちらの声は聞こえていないだろう。飛行船が完全に上昇しきると、未来の身体は何者かの手によって雑に引き上げられ、そのまま身体を床に強く打ちつける。


痛みに顔を歪ませていると、目の前には黒いスーツを来た数人の男達が居た。男達はニヤニヤした表情で未来を見下ろすと、こう言った。



「俺たちはアグリー様の配下につくことにした。悪く思わんでくれよ、お嬢ちゃん」



訳の分からない事を言う男を前にして、未来は瞳に涙を溜めていたが、それでも彼女の心は屈してはいなかった。まだ、中学二年生の少女がするとは思えない、鋭い眼光で男達を睨みつけて言う。



「私達をどうするつもり?」


「威勢のいいお嬢ちゃんだ。さっきアグリー様が仰ってただろ? 貴様らを化け物にして、気高きアグリー様の下僕にするのさ」


「ッ! 誰があんた達の下僕になんか」


「その威勢の良さも宮殿につけばお終いさ。せいぜい足掻くんだな」



ハハハハ!! と笑い声を残しながら男達は去って行った。その後ろ姿を、変わらず険しい表情で見つめていた未来だが、ふと飛行船の隅に自分よりも遥かに幼い女の子が酷く怯えているのが分かった。未来が近づくと、女の子は「ヒッ!」と小さく悲鳴を上げるが、そんな女の子を未来は優しく抱き締める。



「......」


「え?」



敢えて「きっと助かる」なんて下手な希望の言葉はかけなかった。ただ黙って女の子の隣に居てあげた。


宮殿につくまでずっと...





宮殿につくなり、拐われた者は皆一列に並ばされた。そして、いくつかのグループに適当に分けられたかと思うと、それぞれ違う部屋に通された。そう、未来と先程飛行船で未来がずっと抱きしめていた少女を除く、他の者は......


未来と少女は、アグリーの玉座がある部屋に連れて来られた。両腕はしっかり拘束され、幼い少女達が力で敵うはずもない。



「おぉ!! 美しい娘よのぉ。これぞ我の肉体に相応しい」



アグリーは、未来の方へ歩み寄ると、未来の顎をクイッと上げ、恍惚とした表情を浮かべた。間近で見ると、アグリーの顔のあまりの醜さに、思わず渋面を浮かべる未来。


その態度が気に食わなかったのだろう。未来の頬を容赦なく引っ叩く。広すぎる部屋に乾いた音が響く。



「少しばかり美しい容姿をしてるからと我を見下すつもりか? 下民が」



叩かれた頬を抑えながら、未来はアグリーの方に敵対心剥き出しの視線を向けた。だがそんな視線を向けられるも、アグリーは妥協したように言葉を続ける。



「まぁいい。どうせお前は我のものになるのだ」



そういうと、アグリーは掌を未来の方に向けて、禍々しい黒いオーラを放射する。黒いオーラが、未来の全身にまとわりつくと同時に、未来は心が得体の知れない何かに乗っ取られていく感覚を覚える。


一緒に連れて来られた少女は、目の前で起きている異常に、既に泣き出してしまっている。そんな少女を見て、普段の未来なら慰めの言葉をかけるだろう。だが、この時は違った。



''ヒトが食べたい''


''生き物が食べたい''



理性では到底抑える事の出来ない捕食衝動に駆られる。


未来は頭を抑えて、その場にうずくまった。



「うぅぅ......」



必死に捕食衝動を抑えようとしている未来に、何とアグリーが未来の髪を掴み無理矢理顔を上げさせる。そして目の前に、泣きじゃくる少女の頭を掴み、餌だと言わんばかりに見せつけてきたのだ。


その醜悪な顔に不敵な笑みを浮かべながら...



「いやっ......おねぇちゃ」



涙を溜めた瞳で未来の方を見てくる少女。死にたくないという少女の強い思いが、ひしひしと伝わってきた。


だからこそだった。抑えられなかったのだ。


完全に未来の心が、怪物に乗っ取られた瞬間だった。少女は最後まで言葉を言い終えないまま、未来に首を切断される。


そこからはもう止まらなかった。宙に浮いた少女の首が地に着く前に、ダイビングキャッチすると、未来は飢えた獣のごとく頭を捕食する。口の中に鉄の味が広がっていく。


今まで食べたことのない、その''禁断の味''に未来はまるで、頬が落ちるような感覚に陥っていた。























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