28話 姉として
午後9時30分、とっくに日は沈み、暗くなった夜道を、秋菜は大量の稀血が入ったアタッシュケースを手に持ちながら、進也が待っている家へと急いでいた。そう、秋菜はついさっき発掘作業を終わらせて帰宅している道中なのだ。
休みなしで延々と働かされていた為、身体はガタガタで、額には大粒の汗が浮かんでいた。完全体である進也は、稀血は不要だが、秋菜自身は稀血なしでは生きていく事が出来ない。今までそんな秋菜の為に、体力のある進也が発掘作業に行ってくれていたが、狙われている身の進也をこれ以上自分のせいで危険に晒したくはなかった。
疲労で鉛のように重くなった足を動かしながらも、何とか自分の家に辿り着く。すると、後ろの玄関扉にもたれかかり、腕を組んでいる少年の姿があった。
無造作に跳ねた黒髪に、どこまでも黒い瞳、口角は下がっており、少し近寄りがたい印象を与えるその少年の事を秋菜が他の誰かと間違えるわけがなかった。
「進也?」
「姉さん」
玄関の前で姉の帰りをずっと待っていたのか、秋菜の姿を見た瞬間、進也の表情が少しだけ明るくなる。だがそれに反して、秋菜の顔は少しムッとなる。
「もしかして、ずっとここで私を待ってたの?」
「あぁ、まぁ」
「別にいいのに。進也はこの前も宮殿でやり合ったばかりでしょ。狙われてるんだし、家に居なきゃダメじゃない」
それは姉として、弟を叱る時の表情だった。秋菜は進也の腕を掴むと、急いで家の中に入れようとするが、進也はそれを振り解く。
「進也?」
秋菜がそんな進也の方を怪訝そうな顔で見ると、いつにも増して真剣な顔をした進也が秋菜を見据えて言った。
「クリスタル水晶が見つかった」
その一言で秋菜の怪訝な顔が晴れやかなものへと変わる。
「え? ほんとなの!?」
この世界に伝わる、あらゆる汚れも浄化できる上、使い方によっては世界を破滅させるほどの力を持つと言うクリスタル水晶。その強大な力があれば、アグリーを倒す事も夢ではないだろう。また浄化の力で人の身体に戻る事も可能だと言うのだ。この不確かではあるが、唯一の可能性に少なからず希望を見出していたのは秋菜も一緒だった。
だが秋菜が目を輝かせて進也に問うも、進也は無表情のままだ。
「詳しい事は紗綾の家で話す。その為にずっとここで姉さんが帰ってくるのを待ってた」
「うん......」
進也が、あまり感情を表に出さないタイプだと言う事は、勿論血の繋がった姉なので知っていた。もし友人関係ならば、''こいつは嬉しい事があってもこういうキャラだ''で済ませて終わりだろう。だが血の繋がった姉だからこそ分かるのだ。クリスタル水晶が見つかったはいいが、進也が何か別の大きな問題に直面しているのではないかと。
秋菜が重々しく頷くと、進也は軽々と秋菜をお姫様抱っこする。
「えっ? ちょっと進也!?」
「一っ飛びする。疲れてる姉さんを歩かせるわけにはいかないだろ」
姉として弟にお姫様抱っこされるというのは妙に恥ずかしい気分だった。だが事実、疲れていて、これ以上歩けないのも本当だ。
「んじゃ、お言葉に甘えて」
秋菜は、稀血の入ったアタッシュケースを両手で大事そうに抱えると、少々気まずそうにそう言った。
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