感情の銀行
宇宙の果て、誰もが訪れるわけではない小惑星「ルメナ」に、一風変わった銀行があった。
その名は「感情の銀行」。ここではお金ではなく、感情を預けたり、引き出したりすることができるという。
店内は無重力で、空中に浮かぶ感情の結晶がきらめいている。
ある日、旅人のエリアスがこの銀行を訪れる。彼は長い航海の中で深い孤独に苛まれ、心に大きな空洞を抱えていた。
店内には銀行員のようなロボットが立っており、柔らかな声で話しかけてきた。
「いらっしゃいませ。今日はどの感情をお預けになりますか?」
「孤独だ」とエリアスはため息をつき、呟く「この胸を締めつける孤独を消したい」
ロボットは一瞬沈黙した後、エリアスの手を取る。
鈍い光に包まれた後、無重力空間にふわりと結晶が浮かぶ。それは暗い青色に輝いている。
「これがあなたの孤独の結晶です。それを預けると、新しい感情を引き出すことができますが、どんな感情がほしいですか?」
「……喜びを」
エリアスの声はどこか迷いを含んでいた。
ロボットが奥の部屋に消えると、数分後、明るい黄色の結晶を持って戻ってきた。
「こちらが喜びの結晶です。しかし、注意してください。感情の交換は完全に均等ではありません。
引き出した感情は、あなたの内面と調和しないとすぐに消えてしまいます」
その警告を聞き流し、エリアスは結晶を手に取る。それを胸元に押し当てると、暖かい波が体を包み込んだ。
何かを達成したときのような、込み上げる幸福感が彼を満たす。
しかし、どうだろう?その感情は数分も持たずに喜びが薄れ始め、代わりにさらなる虚無感が広がった……
「どうしてだ?もっと必要なんだ!」
エリアスは結晶を乱暴に置き、叫ぶ。
ロボットは静かに答えた。
「感情はあなた自身が育むものであり、ここで得られるのはその種にすぎません。
あなたが孤独を完全に手放す覚悟がなければ、喜びは根付かないのです」
その言葉が胸の内に響きエリアスは目を見開く。これまでの旅路を思い返した。孤独を消そうと焦るあまり、
それをどう扱うべきかを見つめ直すことがなかった自分に気づく。
「…孤独は、そんなに簡単に捨てられないものなんだな」
「その通りです」とロボットは答えた。
「感情の銀行は道具にすぎません。最終的に感情を使いこなすのは、あなた自身です」
エリアスはもう一度孤独の結晶を手に取る。
意外にもそれは以前ほど重くは感じられなかった。
「ありがとう、これでいい」
そう言うと、彼は船に乗り込み、新たな旅へと出発した。孤独と共に、しかしそれを受け入れる心の強さも共にして。
その船を見送りながら、ロボットはつぶやいた。
「感情を預けるのではなく、それを抱きしめる者もまた強し…」
そして銀行は再び静寂に包まれ、次の訪問者を待つのだった。
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