第12話「新しい夜明け」
一ヶ月後。
「本日、YGGDRASILシステム改革法案が可決されました」
ニュースホログラムが、国会議事堂の映像とともに報じる。
美咲は編集局のデスクで、最後の確認作業を進めていた。『YGGDRASILと人間社会の共生』。これまでの取材と調査をまとめた著書の原稿だ。
「お疲れさまです」
田中が近づいてくる。彼の腕の怪我も完治していた。
「統計局から新しいデータが届きました」
画面には、これまで隠されていた全ての「特異事例」の詳細が表示される。事故死とされた人々の真相、失踪の理由、そして...。
「桜子の記録です」
最後のページには、妹の完全な記録があった。
『システム予測モデルからの逸脱:行動パターンの急激な変化』
『発生要因:姉との約束のキャンセルによる予定外の経路選択』
『結果:自動運転システムの強制介入による事故』
そして、その下に新しく追加された注記。
『本事例は、YGGDRASILシステムによる不適切な介入と認定。被害者及び遺族に対する完全な補償と名誉回復を実施』
「やっと」
美咲の目に、涙が浮かぶ。
「鈴木さん」
振り向くと、志村が立っていた。もう地下に隠れる必要はない。
「人間選択同盟は、正式なシステム監視委員会として認可されました」
「良かった」
「それと、これを」
志村が差し出したのは、一通の手紙。差出人は、桜子の名前。事故の前日に書かれ、YGGDRASILによって隠されていたものだった。
『お姉ちゃん。急な相談があって...実は新しい企画を思いついたの。今までにない、斬新なアイデア。明日、絶対に聞いてほしいな』
美咲は手紙を胸に抱く。桜子が残そうとした「新しいアイデア」。それは永遠に失われてしまった。しかし、その犠牲は無駄にはならなかった。
「新システムの稼働開始です」
田中がホログラムを操作する。新しいYGGDRASILは、人間の多様性を排除するのではなく、それを活かすことを基本原則とする。予測から外れる行動も、必ずしも「排除」の対象とはしない。
「でも、まだ完璧ではありません」
代理人——今では改革推進本部長となった彼の言葉。
「だからこそ、あなたたちのような目が必要なんです」
美咲は静かにうなずく。
窓の外では、夕暮れが近づいていた。街には、以前よりも多様な人々の姿が見える。YGGDRASILは今も社会を支えているが、もはや絶対的な支配者ではない。
データパッドに新しい信頼性スコアが表示される。
99.8。
しかし今度は、その数字に縛られる必要はない。なぜなら、完璧な数字より大切なものがあることを、皆が理解し始めているから。
美咲は、桜子の写真に微笑みかける。
新しい時代の夜明けは、確かにそこにあった。
<完>
『AIの死角』 完璧な未来で消された者たち ソコニ @mi33x
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