第3話 真面目な学級委員長を脱がす。


 緊迫した空気が支配する。


 荒々しい手付きで、抵抗する彼女の制服のボタンを一つ……また一つ……と、素早く外して制服を脱がす。


 濡れた白いワイシャツの下にはキャミソールがうっすらと透けていた。そのまま躊躇ちゅうちょなく豊満な胸に覆いかぶさるワイシャツを剥がしにかかり、首元の肌が露出したところで……日和が叫んだ。


「ちょっと待って!」

「ちっ、なんだよ、めんどくせえな」

「めんどくさいで同級生の制服を剥かないでください。野獣ですかあなたは!」

「テメエが40分待っても脱がねえからだろ!」

「あ、あたりまえでしょうが、くちゅん!」


 体を温めろと伝えても、彼女は脱衣所で寒そうに震えて、頑なにシャワーを浴びるのを拒んでいた。桜色だった唇は紫色に染まり、このままでは風邪をひいてしまうと心配しての行動だったのだが……なにやら勘違いしてるらしい日和は己の体を抱きしめながら警戒した様子で睨んでくる。


「安心しろ、未成年に手を出すほど落ちぶれちゃねえ」

「氷室君も未成年じゃん!」

「……うるさいな。もう嫌ならさっさと脱げよ」

「……絶対に覗かない?」

「みねえよ、童貞じゃあるまい……し?」


(あれ、おれってまだ退学前だよな。じゃ……童貞じゃね、マジかよ)


 衝撃の事実におののいていると、日和がゴミでも見るような視線を送ってくる。


「ど、ど、童貞じゃない!?」

「あ、いや違くて」

「あわわ、け、ケダモノです。わたしたちまだ15歳だよ!? 校則違反! また停学になったらどうするんですか!」

「い、いまのはあれだ……はあ、もうなんでもいいから早く入れって。俺はコンビニに行ってくるから」


 乱暴にジャージを日和に投げつけて浴室の扉を閉める。


「むぎゃ!」

「20分で帰ってくるから、それまでに上がっとけよ」





 コンビニで必要な物を購入して帰路につく。

彼女に悪気がないのは重々承知だが、その善意に比例して何故かイライラが増幅してしまう。どうにも彼女といると調子が狂わされる。


(はあ、どうしちまったんだよ俺は。あんなガキ一人に振り回されて。全然らしくねぇーじゃん)


「いまさら、高校生の裸なんてのぞかねーっての」


 そうつぶやき、アパートのドアを開けると


「……あ」

「……」


 髪を濡らした下着姿の日和が、窓際に干してあるバスタオルに手を伸ばしていた。薄青色のブラジャーとパンツからは色白の肌が丸見えで……

 

「……タオル出すの忘れてたわ」

「うそつきぃ……み、みないでくださぃ」


顔赤らめた日和は恥ずかしそうにバスタオルで体を隠す。


そっとドアを閉めた。





 士狼のジャージを着ている日和は顔を真っ赤にしながら体育座りしていた。


「は、はじめて男の人に体を……みられちゃいました」

「だから悪かったって、ほら不貞腐れてないで手だせよ」

「……とても覗き魔の態度とはおもえないですね。あの何してるんですか?」


 コンビニで買ってきたロックアイスで日和の手首を冷やす。


「おまえ、ホテルに連れ込まされそうになった時に手首痛めただろ。冷やせって言ったのになにもしてねーから買ってきたんだよ」

「……優しいんですね。温度差で風邪ひきそう」

「もし風邪ひいたらお前がごねたのが原因だ。こんなんで優しいとか言ってるから、あんな男に流されてホテルにいくことになるんじゃね?」

「ち、ちがいますよ、あれは誤解です! 女優みたいに可愛いっていわれたから、つい」

「くそちょろいじゃねーか。どこに誤解があんだよ」


 落ち込んだ日和が膝に顔をうずめる。


「うう、なにも言い返せません……でも、捨てる神あれば拾う神ありです。おかげで、氷室君が良い人って知れましたから。ねえ、氷室君。過ちを犯したかもしれませんが、停学期間は終わったんです。勉強が難しいならわたしが教えるので学校に戻ってきません?」


「助けた恩返しのつもりか?」

「それもありますが、わたしは学級委員長なので。皆の力になりたいんです」


 なんて厄介な女なのだろう。もし士狼なら、誰かの為に行動するとしたら、それは母親やごく身近な人の時だけ。見も知らぬ相手に対する自己犠牲の精神なんて一切持ち合わせていない。なのに、この少女はクラスメイトという薄い繋がりだけで不良一人もほっとけないらしい。


「勉強教えてやるとか、すっげえ迷惑。お節介にもほどがある」

「むう、そこはお世話好きって呼んでください。真面目に生きるっていいですよ? 真面目こそ正義なんです! だからわたしと一緒に青春時代をやり直しましょう」


 満面の笑みを日和が向けてくる。その笑顔は、日陰のような人生を歩んできた士狼にはあまりにも純粋で眩しかった。だからこそだろうか?


相容れない彼女を眺めているだけで、言葉じゃ表せない感情で心がむず痒くなる。この違和感は……一体。


 これ以上彼女にそばにいたら危険だ。突如として強烈な警戒心が芽生える。なぜそんな風に考えてしまうのか、士狼にもわからなかった。


「……俺も今日から真面目に生きて人生やり直しを決意したところだよ」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、意見は一致したし話は終わり。色々コピーしてくれてありがとな。助かったぜ。いくらかかった? 金を払わしてくれ」

「いえいえ、役にたったのならお礼はいりません。あくまで恩返しなので」

「あ、そう? じゃ代わりにそのジャージやるわ」


 日和は目を丸くして、自分が着ている服を見下ろす。その隙に買ってきたばかりの煙草ケースを包むフィルムを剥いでいく。


「でもこれ学校のやつですよ。ないと氷室君が困るんじゃ」

「ああ、大丈夫、大丈夫、俺明日学校やめっから」

「……えっ」


 雨は止んでいた。

日和の荷物を纏めて強引に渡して、来た時と同じように家から追い出す。


「あの真面目に生きるって……」

「ああ、退学して真面目に働こうと思ってんだ」

「は、はあ!? って何持ってるんですか!?」


ずっと我慢していた煙草に火をつけて彼女を送りだす。


「それのどこが真面目なんですかっ、ちょっとまっ」

「じゃあな。もう会う事もないと思う」


 それは自分自身にも言い聞かせる言葉でもあった。できれば二度と会いたくない、本気で士狼はそう願う。でないと、なにか重大な過ちを犯してしまいそうだったから。

 

 バタンとドアを閉める。

生憎とドアの鍵はぶっ壊れてやがる。


「氷室君っ、私は諦めませんからねぇっ、明日学校で待ってますからぁ!」


仕方なく重石がわりに冷たいドアに背中を預けて、キャンキャン騒ぐ少女の苦情をBGMに煙草をふかす。初めて内開きのドアが有効活用できた瞬間だった。


「はあ、やっぱセブンスターは最高に旨めえな」

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