10_柚子シャーベット
「店員さーん」
光海さんが、テーブル席に僕ら三人が着いてから。メニューを睨んでオーダーを決めたところで、店員さんを呼んだ。
「はーい、お客様ー」
作務衣っぽい紺色の制服に、これまた揃いの頭巾をかぶって。
トレイにおしぼりとお冷を乗せて、店員さんがこちらに来た。
「お冷とおしぼりです。ご注文をお受けします」
温かいおしぼりと、ガラスコップに結露が出るほどに冷えたお水を三組、テーブルに置く。それから、腰のポケットからハンディを出して、注文を受ける姿勢になった。
「私は、海老と牡蠣と帆立の揚げ串三点盛と、ノンアルコールの黒ビールね」
光海さんがそれで。
「ひれかつ膳に、青りんごジュース。ジュースは食前にください」
水樹がそれで。
「ロースかつと海老かつのお膳。ドリンクは烏龍茶を食前に」
僕の注文はこれだった。
店員さんはハンディに注文を打ち込むと、光海さんに聞く。
「ノンアルコールの黒ビールは食前か食後か、それともお食事と同時にお持ちするか。いかが致しましょう?」
あ。そうだな。光海さんはドリンクのタイミングを指示してなかった。
「ああ、食前でいいわ。ちびちびやりながら、料理が出てくるのを待っているから」
光海さんがそう言うと。
「畏まりました。お料理まで少々お待ちください」
って言って下がっていく店員さん。
店の接客マニュアルも、教育方針も。
立派なんだろうなって思える立派な接客態度だったので、僕は。
手元にあるメニューを見て、『そりゃあこれくらいの値段とるお店だよな』という、妙な納得をした。
* * *
「浅見先輩って、どんな男の人が好みなんですか?」
水樹がそんな風に光海さんに聞く。
料理が出て来て、みんなで食べながら。僕らは談話を始めたワケだけどさ。
水樹はまあ、付き合ってみて初めてわかったんだけど。『心の濃度』が酷く濃い子だっていう事が僕には感じられて来た。
最初っから感情の豊かな子だよなとは思っていたけど、実は。
あの状態でも十分に自分にブレーキを掛けていたらしいのとのこと。
可憐美麗な見た目にそぐわないのか、ある意味沿うかたちなのかは。受け取る者が決める事だけれど、ハッキリ言うと。
『頭のいい激情家』という表現が当てはまる女の子が、今の僕の彼女である蔵山水樹であると僕は思っている。
「男の趣味かぁ……。髭アリ、色気アリ、細マッチョ。見た目はこの三点セットが欲しい所かな。昔に日本でも上映していた、海外のエンタメ海賊映画の主役みたいなのが好きかも」
「……なんかそのタイプって。臭そうですね、イメージですと」
「あはは。男は多少は体臭くらいはあった方がいいのよ。無味無臭男には興味ないかなぁ、私は」
「ふーん……。正時はなんていうか。体臭もないし、髭も薄いし。色気は無くはないけど……。好みのタイプだったんですか? まあ、中学のバドミントン部の部活動で細マッチョではありますね」
「うん。でもさ、言っとくけど。私、正時はタイプじゃないわよ?」
帆立の揚げ串をほくほく齧りながら、そう言う光海さん。
うん、朧気に気が付いていたよ。光海さんのばっちり好みのタイプじゃないんだ、僕は。
でもまぁ、さ。光海さんだって、僕の好みのタイプではなかったし。
それが、付き合いを重ねているうちに。距離が近づいて、親密になって。
僕にとって光海さんは安らげる相手だけれど、恋愛対象として見たら、何だか。
怒られそうな気がして、光海さんに対して、僕はそう言う事は言ってはいない。
* * *
「あー、おいしかったぁ……」
普段から良いモノを食べていそうな水樹が、そんな事をいう。
僕らが三人そろって注文して出てきた柚子のシャーベットを和匙で食べながら、食事の味だけを頭の中で反芻しているみたいだ。
そう、実は僕と水樹は初めて入ったこのお店の味は、実際に凄く美味しいものだった。
光海さんはこの店には何回か入ったことがあるらしく、食事の終わりに人数分の柚子シャーベットをオーダーしようと言ったのは彼女だった。
「はぁ~。飲んだ飲んだ。ノンアルだけど、揚げ物と合わせるビールは美味しいわやっぱり」
自分のお腹ポンポン叩いてる光海さん。
かく言う僕も、ロースかつと海老かつを食べて、ご飯もお替りして味噌汁も漬物も食べて。
ほぼ満腹の満足感を得ていた。しかしそれでも、苦味が効いてサッパリとしつつほろ甘い柚子シャーベットは、するすると食べる事が出来て。香り高くとても美味しかった。
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