7_修羅場・ファースト

「ああ。そう言う事」


 ぶすっとした顔の光海さん。


「あら、察してくださったんですか? 浅見センパイ。嬉しいです♪」


 やめろ、やめてくれ!!

 僕の内心を知りもしないでぶっ放す蔵山。


 学校の授業が終わり、放課後。

 僕は朝約束したように。

 今日の夕方から僕をアルバイトとして使ってくれる喫茶店、『ウィル・ベルジュ』に来ていた。

 来ていたんだけど……。


「もう、恋愛相談は必要ありません。わかったのなら、年上の厭らしい欲で私の大切な正時君を毒さないでください!」


 お前は何を言っているんだ、蔵山水樹!!


「はぁ? 大丈夫、おつむは? 蔵山さん、ついこの間に正時を振ったというのに。その見事な態度のターンは何? 水泳部でもそこまで激しいターンは打たないわよ?」


 レトリック混じりの言葉を使う光海さん。そりゃそう言いたくなるのはわかる。


 状況を説明すると。

 今日の放課後になった時に、蔵山は弓道部の活動を放り投げて、僕についてきた。しかも、強烈に腕組みをして。

 スクールカーストの位階的振る舞いはどうしたんだと彼女に聞くと、


「私の超位階的権限を行使する!!」


 とか言うやっばい言葉を放って。

 腕組みから更に僕の体に寄りかかってきて、熱烈なカップルであるかのような様子で歩き始めて。


 そのまま、僕のバイト先にまでついてきてしまったのだ。


「悔しいんですか? 私にはあなたの気持ちが手に取るようにわかりますよ? 浅見先輩。可愛い年下の男子生徒の傷心に付け入って。美味しい思いをしようとしたのにそうはいかなかった。私の様な『ちゃんとした女の子』が正時君には居たって事が!!」


 ゴーン。意味が分からない意味が分からない。

 キレまくった攻撃言語を放ちまくる、この子。

 確かに僕は君に告白したよ、蔵山水樹。

 でも、それを君が断って振った以上、僕の恋はそこで終わりなんだ。

 もし、新しい恋が始まるとしたら、それは……。


「呆れた。蔵山さん、貴女。今の正時の表情を見ればわかるでしょ? 完全に呆れているわよ? 多分、正時の中ではあなたに告白してフラれたことで。心の中の整理がついてしまったのよ。それでも、あなたに心を残していたのは。いわゆる『未練』というもので、まあ時が経てば自然消滅するモノなのよ?」


 メガネをクイッと上げて。喫茶店のウェイトレスの制服を着ている光海さんはそう言った。


「そんなわけ、ない!! 私達、キスもしたもん!!」


 がふぁっ!! 何言ってんだ蔵山ぁ! そりゃ勝手に君がしてきたモンで……!


「は? なにそれ? ホントにしたの? 正時⁈」


 その蔵山の言葉に、顔色を変えた光海さん。僕の方に向き直って、すごい顔で詰問してくる。


「い、いや。なんていうか無理矢理というか突然というか……」

「キスしたの⁈」


 アカン。コリャアカンよ~!!

 後ろに蔵山もいるし、かといって。

 光海さんにも好意を持っている僕は、そんな事を口にしたくなかったので。


 両手を腿に当て。直立不動からの、前傾九十度の礼をかましてしまった。


「もうしわけ、ありませんでしたっ!!」


 古の大日本帝国の兵士もかくや。

 硬直した詫び声を光海さんに向かって放ったのだった!!


   * * *


「いらっしゃいませ~♪ お客様、3名様入りま~す!!」


 蔵山の声が店内に響く。はい、どうやら意味の解らなさが更に。

 加速したようです。

 なんなんだこの異次元みたいな空気は……。


「いやー、笹倉君。君は実にいいね!!」


 ボーッとしながらも手を動かして、厨房のトースターにパンを入れたり、茹で卵を作ったり。フライヤーでポテトを揚げたりする新入りがやる仕事を熟していた僕の背中を。

 店長の橋本さんがぽんぽんと叩いた。


「あ、店長さん」

「いいよいいよ。手を動かしたままで。でもさ、君がここでアルバイトすることで。浅見君みたいな仕事が出来る子も入ってくれたし、あの蔵山さんという華のある子もウチの店員で働いてくれることになったし。君は何というか、女性に恵まれてるなぁ」


 そういって、にこにこ笑う橋本さん。


 そうなんだ、僕と蔵山と光海さんは。

 それぞれの主張と都合の折衷点を求めた末に。


 この喫茶店、『ウィル・ベルジュ』で一緒に働くことに

 なっちゃったんだよね。

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