第4話

 スマートフォンを開くとメールが百件以上来ていた。そのうち九十六件が高木からだった。

『佐々木くん、無断欠勤ですよ。社会の基本的なマナーも知らないんですね』

『佐々木くん、私を怒らせる天才ですね。どう育ったらそんなに害を与える人になれるのか知りたいです』

『佐々木くん、小学生でも謝ることですよ』

 佐々木は、怒りを通り越して感心さえした。一件一件ごとに違う文言で佐々木に嫌味をぶつけている。その豊富さには唸らざるを得ない。

『うんこ高木さん 退職します』

 佐々木はメールを躊躇なく送信した。どうせ数日後には死ぬのだから訴えられたとしても影響ないはずだった。

「あっ……」

 佐々木は頭の中に電流が走った。会社を辞めた。数日後には死ぬ。だから何をしても自分は無敵なんだ。好きなところに旅行も行けるし、好きな人にも会えるし、殺したい人も殺せる。だって死ぬんだから。ただ、木村が言っていた一言が思い出された。

「あなたがこの世に善を遺されたからですよ。悪を遺した人には何も尽きません。ただ死ねば地獄が待っているだけです」

 もし、誰かを、といっても高木くらいしかいないが―― 殺したとしたら、木村に極楽に連れて行ってもらうことができなくなるかもしれない。いや、普通に考えると、殺人を犯した者が極楽に行けるほど都合が良いわけがない。親鸞は念仏を唱えるだけで極楽浄土へ行けると言っていたが、そんなに気軽に行けるわけがない。だから、残りの数日は絶対に悪いことをしてはいけないのだ。高木を殺せないのは残念ではある。しかし、佐々木が死んで遺書を誰かに読んでもらえれば、高木の悪事が世にばらまかれる。それまでは辛抱だ。

 でも、と佐々木は思った。やっぱり生きているうちに高木が苦しむ姿が見たい。佐々木は思いついた。遺書をSNSに流して個人名も企業名もすべてさらけ出すと大きな反響を呼ぶのではないか。あとはSNS内の様々な余計なお世話をするアカウントが勝手に高木の個人写真を晒し、住所も晒していくだろう。自分はこの遺書を上げるだけでいい。

 とはいえ、地獄に行くのも嫌だった。佐々木は悩んだ挙句、木村に聞くのが最善だという結論に達した。勢いでSNSに投下しないほどの冷静さを持ち合わせていた自分に感謝した。

佐々木はドアを開け、木村を呼び込んだ。テーブルに座ってもらい、お茶を出した。

「お気持ちはありがたいですが、飲食ができないもので」

 佐々木はハッとした。カフェでも何もいらないと言っていた。木村は人間に見えるだけで現世のものではないのだから飲食もできないのだった。佐々木は木村の手元に出したお茶をゆっくりと自分のところへ移動させた。

「あの、相談、というか質問があるんですけど」

「なんでしょうか?」

「もし僕は死ぬ前に何か悪いことをしてしまった場合、極楽に行くことはできなくなるんでしょうか?」

 木村は笑みを崩さなかった。

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