第3話

 佐々木はため息をついた。もし、木村から声を掛けられなければ、横断歩道をお渡り終えた後すぐにある会社のビルに入り、そこの屋上から飛び降りて死ぬ予定だったからだ。前々から会社には嫌気がさしていた。上司の高木は怒鳴ったり手を出してきたりはしない。その代わり一度ミスすると永遠の嫌味や皮肉をぶつけてきた。ある意味一度殴ってくれた方が楽だった。その言葉全てが佐々木に鋭利な刃物となって切りつけ、突き刺さり、ついに死を決意させるまでに至ったのであった。遺書は自宅のテーブルに置いていた。内容は高木に散々言われていたことを書きだしたこと、それにより自殺を選んだことだ。自分の死を引き換えに高木を社会的抹殺に追い込みたかった。

「僕が死のうとしていたことも知ってたんですよね」

 佐々木が木村に問いかけた。

「そうですね。知らないと言えば嘘になります」

「なら、なぜそのまま死なせなかったんですか? 僕はどうせ死ぬ運命だからですか?」

「あなたが今日、死ぬべきではなかったからです」

「どういう意味ですか?」

「あなたは本来、死ぬべきではない方です。しかし、数日以内に亡くなってしまう。ただそれまでは生かすべきだという判断が上の方で下されたので、それに従って行動しました」

「数日は誤差ではありませんか?」

「いえ、この数日であなたの振舞いにより、世界、そして未来が大きく変わります」

「随分大きく出ましたね」

「いえいえ、どんな方でも一挙手一投足が誰かの人生を大きく変えることだってあるんですよ。例えば誰かが駅前のポスターをデザインして貼りますよね。それが誰かをインスパイアすることになって志す道が生まれた、ということはありえますよね」

「僕はそんな大したことはできません」

「とにかく、あなたには私がついておりますので、どうぞよろしくお願いします」

 会計を終えてアパートまでたどり着いたが、木村は隣から離れようとしない。

「もしかして、部屋の中まで入ってくるの?」

「そのつもりでしたが」

「さすがに部屋までは……」

 部屋のテーブルに遺書が置いてあるのだ。さすがにそれを見られるのは何とも言い難い気分になる。

「それでは私は外におりましょう。ただし、部屋で自ら命を絶つようなことはおやめくださいね」

 ドアを開けて玄関に入った。ドアノブには長めのタオルがかけられたままだった。最初に首を吊って死のうとしたが、力を出し切れずに中途半端に残っていた。今さら死のうとする気力も無かった。どうせ数日後には死ねるのだからわざわざ挑戦する必要もないだろうと思った。

 テーブルに置いていた遺書の隠し場所をしばらく考えたが、結局そのまま置いておくことにした。木村は入ってくる気配はない。どうせ死ぬのだから、死後に誰かに遺書を見つけてもらう必要がある。わかりやすいところに置いておいた方が良かった。

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