小さな世界に寝転び、悲鳴を上げる

 それにしても、本当に酒量が増えた。タンブラーに注ぐウイスキーの量が徐々に増えていき、気が済むまで飲んでようやく寝付くことが出来る。次の日起きてダルさによるため息を何度も吐き、仕事に行く日は憂鬱と闘いながら身支度をするし、休日ならばダルい体を奮い立たせてジムに向かう。休日のジム通いを習慣付けたことは本当に正解だった。これがなければ私は本当にどうしようもない体たらくだ。ジムで体を1時間動かせば日頃どれだけ飲酒をしていても全部チャラになる気がしてくる。イヤホンの音量大きめで音楽を聴きながら筋トレやジョギングをしている間は唯一無心になれるのだ。逆に言えば、それ以外の時間は何かと憂鬱と怒りへ感情が動くことばかりで、それをなんとか和らげるための行動が飲酒なのである。


 晩酌がてら夜のニュース番組を見ていると、私と同世代、もしくは私よりも若い女性起業家が、イマイチよくわからない分野で活躍しているのだと紹介され、番組コメンテーターをしていたりする。そして聞き馴染みの無い横文字を沢山並べながら意見を述べ、他の専門家も「そうですね」と返し、見事会話を成立させている。それを見ている私は内容を全く理解出来ない。ただ「ご立派ですね」という感想を持つ。私は起業もしてなければ、社会人経験ゼロの高卒フリーターとして今まで生きてきたし、人の妻でも親でもない。まさに「何者でもない者」なのだ。かと言って「何者でもない者」を脱却するために彼と結婚し、子を育てたい訳でもない。私は子を持つとずっと子供の話しかしなくなる女性同士の雰囲気がとても苦手で、自分も子を持つと同じようになるのかと考えるとゾッとするのだ。今も仲が良い地元の同級生たちが、みんなSNSを全然やらない人達で本当に良かったと思う。SNSを開くたびに家族みんな幸せですアピールを見せられるなんて地獄でしかない。別に幸せ自慢が嫌なのではない。夫の愚痴アカウントでバズっている投稿がおすすめで流れてくるのも平等に私に不快感を与えている。最近は韓国アイドル情報も不穏なものばかり流れてくるし、日本の男性芸能人だって最近性暴力疑惑で話題に上がる人が続いている。全く、国関係なく脳味噌までチンコな男がどんだけいるんだよ。そうしてテレビのニュースもSNSにもウンザリしたらYouTubeに切り替えて大食い動画を見始める。「制限時間40分、油そば総重量7キロチャレンジ」等とサムネに書かれた動画を再生し、到底自分では完食出来ないような量を笑顔で食べている大食いYouTuberを見て自分の食欲を抑える。良いよな、そんな量食べられて。こっちは順調に少しずつ体重落としてたとしても、マックのセットやラーメンを食べたらそれまでの努力が帳消しになるっていうのに。


 考えれば考える程積み上がっていく憂鬱と怒り、そして現在進行形の不安。非正規雇用で4.5畳1Kに住み、10年以上時間を共にしている彼とはこの先結婚するのかどうかもわからないアラフォー女の私はこの先どうなってしまうのだろうか。

 地元に暮らす両親はどちらももう70代になるけど、10年後も元気でいられるのか?

 元気でいられなくなったとしたら、私は地元に帰るのか、それとも彼と共にいるために東京に留まるのか、いやそもそも10年後も共にいるのか?

 私は今のような距離感でずっと一緒にいたいのに、彼は以前、ずっと一緒にいるためには結婚して子を作り、家庭を築くべきだと言った。私が子を産みたくないと返すと、最終的に何故いつまでも自分中心な性格を変えないのかと怒られた。何故?

 子を産まずに自分らしい幸せを掴みたいと希望することはいけないことなのか?

 仮に私が嫌々子を産んだとしたら彼はそれで満足なのか?

 その後ちゃんと私が母親の自覚を持って生きていけるのかもわからないのに。

 私は私なりに心も体も健康に生きて、人生を謳歌したいだけなのに。

 いや、おいおい。自分が10年後も今と同じような健康体でいられるかもわからないぞ。アル中予備軍みたいなもんだってネタっぽく人に言ったりしてるけど、急に肝臓が悪くなったりすることだってあるかもしれない。だって2.7リットルの安ウイスキーを半月でほとんど消費してしまってるのだから。これはマジでヤバい。

 わからない。酔っ払った頭で何を考えたって仕様が無い。今どれだけ不安に思っていても、私が出来ることは精々ここから10年後に向かって実際に進んで行くことぐらいだ。カッコいい文章表現になっているけど、要するに歳を取るしかないってこと。いいから、最後のこの一杯を飲み切ってもう寝よう。


 良い具合に酔いを感じるようになって、ようやくマットレスの上に寝そべり布団を被る。明かりを消し、横になった状態で真っ直ぐ先を見つめてみる。私の目の前に広がっているのは4.5畳の天井。今まで住んできた中で最も狭い部屋の天井。だが一番しっくりきている。これが私の世界の大きさだ。何者でもない私が、自我を叫びながら駆け回るのにちょうど良い大きさなのだ。

 そうしているうちにいつの間にか眠りにつき、翌日漏れなくダルさを引き摺って起床する……ずっとその繰り返しだ。

 言っておくが、私は決してこの生活が嫌いではない。

 今は。




【了】

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

酒と4.5畳1Kとアラフォー女 nako. @nako8742

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る