狭過ぎるストライクゾーン
私が彼のどういったところが好きなのかと言うと、まず第一に好みのルックスであることだ。ハッキリ言おう、私は見た目重視だ。優しくて気遣いが出来る人よりも、経済力がある人よりも、私の好みの系統の顔であること、スタイルであることの方が重要で、これらの条件を満たしていなければ興味を持てない。別に最上級のイケメンを求めているのではなく、私の好みであることが重要なのだ。具体的な私の好みとは、目が大きくて顔のパーツが中心に寄っている「求心顔」タイプで、体もスラっとしているということだ。彼はこの条件をクリアし、加えて面白いと思える人だった。
面白さも私の中ではかなり重要で、会話をしていて面白くない、退屈と感じる人は長く一緒にいて苦痛に感じる。だがこの「面白い」というのには個人差があるということも理解している。私にとっては「面白い」かもしれないが、他の人からすれば「面白くない」かもしれない。ではここで、彼を面白いと思ったエピソードを一つ、語るとしよう。
彼とは仕事を通じて知り合ったのだが、このエピソードは付き合う前にあったことである。その日の仕事が終わって関係者数人で駅に向かって歩いていた時のことだ。当時私はよく都内を自転車で移動していて、その日も私だけ自転車をひいて歩いていた。私の隣にいた彼が、確か何気なくこう言ったんだと思う。
「ナコさん、いつも自転車ですよね」
細かい言い回しは違ったかもしれないが、このようなことを言われたのだと覚えている。それに対して私は、他にも何か言葉をかけたかもしれないがこのような返しをしたのだ。
「この自転車、ドンキなんですよ」
そう言うと彼は、
「え、その自転車“鈍器”なんですか?」
とさらに返してきた。改めて説明する必要はないかもしれないが、私が発した「この自転車、ドンキなんですよ」は「この自転車は激安の殿堂でお馴染み、ドン・キホーテで購入したものなんですよ」と言う意味だ。関西出身の人間特有の、自然と安く良いものが買えたことを自慢したがるヤツである。彼の発した「その自転車“鈍器”なんですか?」の意味をすぐに理解することは出来なかった。こうやって文章化すると一発でわかるのだろうけど、なんせこれは会話のやり取りだったのだから。だから、
「え? はい、ドンキですよ?」
と言う間抜けな返答を私はしてしまったのだが、その後彼から
「でもそれじゃ、重くて人は殺せませんよね」
と言われたところでようやく彼がわざと“ドンキ”を“鈍器”と変換してボケていたのだということに気づいた。気づいてからはその面白さがジワジワと私の腹部を攻撃し、私がツボっているのがわかると彼は“鈍器”という言葉でしつこく遊び始めた。その様子を見ていた彼のことをよく知る関係者は「もういいって」「やれやれ」「しつこい」等と弄り倒し、そうしているうちにようやく駅へ辿り着いたのだった。
このエピソードは私が彼と過ごした時間の中で一生覚えているであろうものであり、彼のどういうところが面白いのかと聞かれたら真っ先に話す鉄板ネタである。実際に話した友人には残念ながら面白さは伝わらなかったようだが、そんなものだろう。「面白い」には個人差があるのだから。
だが例え個人差があるとしても、世の中の男という生き物は自分が「面白い」と勘違いしているヤツが多過ぎやしないか? 下品な下ネタや、他者を下げて小馬鹿にして笑いを取ろうとする男が多いような気がする。勿論女性にもそういう人はいるだろうし、それを心の底から面白いと思う人もいるのだろう。でもそのタイプの「面白い」を不愉快に感じたり、傷ついたりする人の方が多いのではないかと体感的に思う。それと比べると、彼はそのタイプの「面白い」を一切やらない。彼の「面白い」は、全て自ら生み出したものであり、自ら「面白い」を生み出すことが出来ず、下ネタや他人弄りをすることで笑いを取ろうとする下等な男とは違う。要するに彼には私に好かれるだけの才能があるのだ。「私の好みの見た目であり、面白い」という才能が。そして彼が持つこの才能を上回る男に、またこれから出会えて交際に発展する……なんてことが私に起こるとは到底思えない。だから多少合わない部分があったとしても。怒りの沸点が人より低いとしても。「まぁ、こういう人だし」と妥協して一緒にいることが出来ている。そして仮に同居生活解消だけではなく、10年以上の交際関係までも解消になってしまう未来があるとすれば、きっと私はもう独身を貫くと思う。新たな出会いを求めて恋活・婚活をするだとか、また他人と一から関係を築いていくなんて努力をもうしたくない。何故ならここ最近、男という生き物に絶望することが多過ぎて、そこまで努力する価値がないと思ってしまっているからだ。
私のストライクゾーンをより狭めた要因の一つに、韓国アイドルのオタクになったことがあると思う。美しい顔面、確かなボーカルとダンススキル、作り込まれた世界観と楽曲。これらに魅了され、私にとって一番の趣味となった。最早私の人生の3分の1程を推し活が占めていると言っても過言ではない。一度ガッチリハマればずっと同じものが好きでい続けられる私の韓ドルオタク歴は今年で13年目になる。彼と出会う前から好きだったし、付き合い始めの頃はその時最推しだった東方神起のコンサートに連れて行って、私の隣でひたすら大勢の女性の歓声にひいていたことを覚えている。まぁ、ステージ自体は楽しんでいたようだが。
彼のことと推し活のことから考えると、やはり私は才能がある人、完璧な人でないと興味が持てないようだ。だから一般社会で生きていて、魅力的だと感じる男に一切遭遇しない。韓国アイドルに出会う前、彼に出会う前はすぐ誰かを好きになるチョロい女の時代もあったのに人は変わるものだな。というか、その頃が黒歴史だったのだと、今の私は思う。
魅力的だと思える男がいないだけならまだしも、キモい男が世の中には多過ぎる、と感じることも多々ある。自分より年下の女に説教する男や無意識にセクハラする男は、仕事や交友関係で遭遇する機会が女性ならば皆一度はあるのではないだろうか。肥満体型の額が油ぎったオッサンが「あの子は可愛い、あの子はブス」などと勝手に女性の品定めをしていたり、大して面白くもない自慢話を披露していたり、自分より10歳、20歳以上も若い女性を狙って口説いていたりするのを見たり、或いは私自身がされたりする度「完璧でもない、突出した才能もない癖に私に話しかけてくんな、勘違いすんなカス」と心の中で大絶叫する。
また、前記のように比較的身近な存在から受ける「不愉快」以外にも、通りすがりから受ける「不愉快」もあったりする。忘れもしないとある夏の日。夜勤の仕事が終わって、帰宅するため当時の職場があった新宿を歩いていた時のことだ。夜勤でしかも残業になっていたこともありクタクタだった。疲労から集中力も疎かになっていた時、通りすがりの小汚いジジイに「うまそうな体してんなぁ」とニヤニヤしながら言葉を投げかけられた。鳥肌が立つほどの気持ち悪さだったが、疲れていたこともあり咄嗟の判断が出来ず、すれ違ってヤツが遠のいた時に振り返り、睨みつけることしか出来なかった。勿論ジジイは私にセクハラを投げ付けたことで満足しているので、私が睨みつけていることなんて気づいちゃいない。物凄く悔しかった。ちなみに私はこの時、特別露出のある服装をしていたわけではない。Tシャツに7部丈のパンツだった。でもTシャツは最近流行りのオーバーサイズなものではなく、ある程度体のラインがわかるものだったし、パンツも自分の下半身の形に沿ったものだった。私は平均より胸が大きい方だと思うし、尻周りも肉付きが良い方だと思う。その体型が出てしまう服装をしていたし、当時の仕事に合わせて髪も黒くしていたのでこのような「通り魔セクハラ」を受けてしまったのだ。
「ああ、大人しそうな見た目で女性的な特徴が出る服装をしていると、こんな嫌な思いをするんだな、鬱陶しいなぁ」
この経験から、現在私は普段体のラインが出ないオーバーサイズめの服か、デザインがユニセックスなものを着るようになったし、髪色の制約がない今の仕事についてからは、ずっと金髪や派手髪だ。この見た目になってからは「通り魔セクハラ」を受けることはなくなったのは勿論、身近にいる勘違いキモ男に嫌な絡み方をされることも無くなった。私の自衛作戦は成功しているのである。
だが快適になったとしても、自衛しなくては生きづらいとはなんなんだ。私はこうやって快適に日々を過ごすため様々な努力をしているのに、何故不愉快を与える側のキモ男が自由気ままに生きているのだ?
「脳味噌までチンコのクソキモ男は全員爆発しろ、私の視界に入ってくるな、私に話しかけるな、私は凡人と下等男には興味がねぇ! たまに怒りっぽくなるけど面白い彼氏と韓ドル以外の男は私に必要ねぇ!!」
と、心で絶叫しながら日々、濃い目のハイボールを煽り飲む。そうすることで心の安定を保っている。だが、最近はその安定さえも崩れてきている。現在の推しグループで、今年の夏スキャンダルと不祥事が立て続けにあった。スキャンダルの方は今となってはどうでも良い話となったが、不祥事の方はかなりのショックだった。メンバーの一人が性加害者として起訴されグループを脱退、所属事務所との契約が打ち切りとなったのだ。自分の推しメンバーではなかったが、デビュー時から8年好きなグループのメンバーがそうなってしまったことが残念で、ただただ悲しい。そして、私が完璧の象徴として考えていた韓ドルもありふれた人間の男であり、脳味噌までチンコな下等男だったのかと深く絶望したのだった。
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