貴方様が救われますように -前

「貴方様が救われますように。」


 いつも彼女はそう願っている。彼女は民から聖女と慕われる、いわば生きる伝説とも呼ばれる人物であった。聖女としての役目を継いでから、三年ほどだろうか。その三年間にも様々なことがあった。後世の歴史研究家達の間でも、担った期間が一番短いにも関わらず、歴代聖女の中で最も功績のあると言われるほどだ。そんな彼女のとある一日を見てみようか。




 ――――――




 彼女の朝は自分が人間であると確認することから始まる。部屋に結界を張り、ご丁寧に自分を封じ込める処置を行った上でだ。毎日毎日、不安に思いながら過ごしているんだろう。自分が何時か、人の心を失ってしまうかもしれないことを。


「……」


 彼女が結界を解いた後は、神に祈りを捧げる。けれど、彼女はもう外れた身、既にこの世界に神などいないことは知っているはず。それなのに祈りを捧げるとは、彼女は何に祈っているんだろうか。

 コンコン、彼女が目覚めてから一時間程経っただろうか。ノックの音が響く。見習いシスターが起こしに来たらしい。


「お時間です。フェイ様。」

「わかりました。」


 祈りから顔を上げると、そう言った。手早く身だしなみを整えて、朝食へと向かった。この後は様々な雑事をこなした後、大体3時頃から彼女の力の修練をする、のだが今日は違うようだ。朝食を終えて片付けをする彼女は、客人があるという知らせを受けた。

 ………………



「お待たせいたしました。聖女を担っています、フェイです。」

「こちらこそ、お会いできて光栄。」


 フェイが客人と顔を合わせる。応接室のソファにいたのは十代ほどの男女であった。少女、少年といった面影を残していて、二十七を超えている彼女にはまだまだ幼く見えるだろう。


「私はフィリア。こっちはエイド。」


 少年は少女よりかは年上に見える。二人は小さくお辞儀をした。全員が向かい合うなり、フィリアと名乗った少女が喋り始める。


「早速だけど本題を聞いて。あなたは二年前の大戦を覚えてる?」


 その発言に少し聖女の動きが止まる。


「……ええ、もちろん。忘れるはずがありません。先の大戦でいくつの命が失われたか。」


 表情こそ変えないものの、その言葉の端々には悲しみや怒りが滲んでいる。さっと客人に向き直る。


「ええ、ええ、覚えております。……ですが何故、今になって私に聞くのですか。」

「父のことを聞きたい。父を知ってる人は全員死んでしまった。」


 フィリアは視線を落としながら、しかしはっきりとした口調で言った。未だエイドは静かに座っている。


「大戦の時、私だけにがされたから。」


 少し、苦虫を噛み潰したかのような顔を見せる。フェイは悲しそうに目を伏せ、静かな沈黙が場を支配した。外の子どもの遊び声が響く。


「貴女のお父様の名前を聞かせていただいてもよろしいですか?」


 優しく問うその言葉にフィリアは短く返す。


「知らない。ただ……周りの人からはアカと呼ばれていた。」


 その言葉に得心の行ったと深く頷き、またも優しい表情をする。しかし、その表情には何処どこか陰りが混じっている。


「貴女はあの方の子供なのですね。ええ、知っておりますよ。貴女の父はあの戦場でも、目立っていましたから。」


 懐かしむように、彼の勇姿を語って聞かせる。剛健で壮麗で、街の英雄と呼ばれていた事。大戦の時も一番槍を買って出て、味方を守っていたこと。数々の武勇伝が語られた。

 少女は懐かしむように、あるいは新しい発見を喜ぶように話を聞いていた。

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