……お腹が……空いたなぁ。

「……お腹が……空いたなぁ。」


 その小さな、小さなか細い声は、ぐぅという腹の音に遮られほとんど聞こえなかった。また、うめき声が漏れるけども、雪に吸い込まれ数メートルでさえ届かない。静かに、しかし確かに降り積もる雪に徐々に埋まっていく。この狭い路地で一生を終えるんだろう。子どもながらにそう思っていた。いつだったろう、これは昔の私だ。どうやら私は夢を見ているらしい。

 私がこの路地に迷い込み、全てを諦めるまでには色々あった。四歳の頃に親に捨てられ、運良く孤児院に入れたものの、十歳になる直前に盗賊に入られ命からがら逃げ出した先がこれだ。ありふれた話だと言えばそうだが、そのありふれた話の当事者になるとそうは済まされない。この頃のこの国は治安がとても悪かった。今も到底良いとは言えないけども、確実に昔よりはマシだろう。


「ぁあ……あ。」


 またもうめき声を漏らす。ここからどうなったんだったか。結局、私は助かったはずだ。でなければこうして夢を見ることもないだろう。全てに絶望した後、生き残れたからここまで頑張って来たはずだ。ではどうしてこの続きが思い出せないのだろうか。

 目を閉じる。ついぞ、報われることのない人生だった。まだ十歳にもなっていない頃だったし、こんな言葉を思い浮かべていたわけではないだろうけど同じようなことを思っていたのは確かだ。もう目も開けることはないのだろう。意識も暗闇に落ちていく、そんな感覚を味わっていた時だった。

 急に手にひどい痛みが走って思わず――薄っすらとだが――目を開けた。ああ、……なんで忘れていたのだろうか。雪の中に映えるあの鮮烈なBraveがあんなにもはっきりと思い出せるのに。そして……その緋が私の手を握っていたんだ。私の体温があまりにも低かったから、温かい手に触れただけでも痛みとして伝わってきたらしい。


「お前、まだ生きているか?」


 緋は騎士の鎧を着ていた気がする。そう問いかけた頃には少し顔を上げていたから生きていたのは伝わっていただろう。全てを諦めていたにしては生に執着しているように思うが、何故か私は緋から目を離せなかったんだ。


「生きたいか?」


 その言葉にほとんど無意識に頷き、私の意識は暗転した。




 ――――――



 

 「……随分と懐かしい夢。」


 とある宿の一室、ベッドに横たわったまま額に手を当てている17歳ほどの少女がいた。おかしな夢だと少女はひとりごつ。そうだ、何も忘れちゃなんかいない。あの緋に憧れたから私は勇者Alterになったんだ。あの緋に助けられたからここまでこれたんだ。忘れてなんかやるもんか。あの記憶は決して忘れちゃいけないんだ。今は亡き国を守るため死して尚戦い続けてしまった《Blood》の昔を知っているのはもう、私しかいないのだから。

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