その日、帰宅すると珍しく父親がいた。机の上にはクッキーの缶といつもは窓辺にいる植物。父はコーヒーを飲みながら本を読んでいた。

「おかえり。涼真も飲むか?」

こちらに気付き、栞をはさんで本を閉じる。表紙の題名も作者もアルファベットで、何を読んでいたのかはわからなかった。

「いらない」

通りすがりに缶からクッキーを一枚取る。適当に掴んだそれは真ん中にアーモンドが乗っている小ぶりのものだった。父が手に取ったものを眺めて笑う。

「このパイも美味しいから」

そう言ってアーモンドより二回りほど大きなパイのクッキーを差し出してくる。手を出してそれを受け取った。

「夕飯は何がいい。冷やし中華かそうめんか、干物を焼いても」

缶を仕舞い、植物を元の場所に戻しながら尋ねてくる。「冷やし中華」と答えてアーモンドを食べる。サクッとして、バターの香りとアーモンドの香ばしさが口に広がった。

「たまたま出向いた街に百貨店があったんだ。懐かしくて」

父が身の上話をするのは珍しかった。生まれ育った東京で慣れ親しんだ味なのだろう。以前も同じ缶のクッキーを買っていた気がする。バウムクーヘンのときもあった。手に取ったクッキーを食べながら部屋に戻る。父はあの話を聞いているのだろうか。肉屋でもらった袋を差し出してもその理由は聞いてこなかった。日中、町にいないとはいえ、どこかで聞いているのではないだろうか。荷物を置いて、パイのクッキーも口に入れる。軽い食感ですぐに食べ終わった。

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なぎさ 凪乃蒼 @kariena1027

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