インターホンを鳴らし門の前で待つ。潮風によって錆びた門柱に蔦が巻き付いている。扉が開くと見知った顔が出てきた。
「み、南くん」
例の彼女だった。
「回覧板」
世帯数が減って回覧板の順番が変わった。何気なく来てしまったが、ここは彼女の家だったか。
「ありがとう。あ、良かったら干物持って行ってよ」
そういって彼女は一度扉の向こうに消える。少し物音がした後に話し声が聞こえた。帰ってしまおうか悩んでいると彼女が出てきた。
「ごめん、お父さんが南くんの家にはあげたくないとか言い出して」
彼女は申し訳なさそうに扉から顔だけ出して言った。
「いいよ。気にしてないから」
「ねぇ、もし時間があったら少し話せない?この前のこと、謝りたくて」
彼女はそう言った。時間はあったが、話したところで何かことが動くとは思えなかった。
「ごめん。夕飯作らないとだから」
彼女の顔から笑みが消え、そのまま俯いた。彼女は俯いたままで声も発さない。こちらから別れを告げて敷地を出た。狭い階段を登り人とすれ違う。挨拶だけ返し、そのまま上へ向かう。
「今の子って」
「ほら、薫ちゃんの」
「あぁ。あのお家は–」
そんな会話が後ろから聞こえる。自分が誰だっていいじゃないか。けれどこの町では薫と修司の息子であることが付きまとう。
上まで上り切ると駅に着いた。誰もいないロータリーのベンチに腰をかける。正面の階段から町全体が見下ろせた。やはり小さくて暗い町だった。
家に戻ると先に父が帰宅していた。ご飯と味噌汁が並び、グリルから干物を取り出している。
「あぁ、おかえり。お前の分も焼いてあるから」
ちゃぶ台の上に向かい合うように並べられる。海が見える方に腰を下ろした。
「回覧板、回してくれたんだろ。助かった」
そう言いながら父が正面に座る。同じ時間に食べるのは久しぶりだった。沈黙の中でテレビからは楽しそうな声が聞こえる。東京のスイーツを特集していた。見ているだけで胃がもたれそうなクリームが乗ったケーキやフルーツが乗ったタルトを紹介している。正面に顔を向けると父は真剣にその特集を見ていた。
「あ、この店、大学の頃よく行ったな」
一軒の喫茶店だった。学生街で昔から営業しており、名物としてパンケーキが映る。
「薫がここのナポリタンが好きで…懐かしいな」
父が珍しく昔の話を持ち出した。テレビに目を向けるともうその喫茶店の紹介は終わっていて、新しくできたカフェが映っていた。意識を手元に戻す。骨と身を分けるのも流石に慣れた。
「最近は何を描いてるんだ?」
スイーツの特集が終わると父が声を掛けてきた。まだ食べ終わっていない。離席するのには無理があった。
「海」
「いつも同じだな」
同じものしか描かないのか、そう言われた気がした。つまらないと言われた気がした。
黙々と食べ進めシンクに食器を置いた。テレビだけが音を発す居間から逃げるように自室に戻った。
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