「あっ、やっときた〜」

いつも通り砂浜に着くと三日振りの彼女がいた。本当は一人で描いていたいし、誰ともわからない彼女と話すのは気が重いため、居ないことを期待していた。

「今日はこの前の続き?」

「そう」

「もう写真みたいなのに、まだ描くところがあるんだね。すごいなあ。私にはわからないや」

そう言って彼女が隣に座り込む。観光地でもない上にシーズンを過ぎた海はたった二人だけ。隣を見るとノースリーブから覗く腕はやっぱり細く、心配になる程だった。彼女は黙って座っているが、やはり人に見られていると筆が進まない。

「中学三年生だっけ。受験勉強は?」

諦めて筆を膝に落とし、声をかけた。彼女は話しかけられたことに対してか一瞬嬉しそうにこちらを見て、顔を正面に戻した。

「しないよ。もう、意味ないし」

「別に俺も真面目にやっていた訳じゃないけど、意味ないってことは」

「意味ないんだって」

そう言って彼女は膝を抱えた。広い砂浜の上で小さく体育座り。彼女がもっと小さく見えた。

「高校、行かないの?」

すぐには応えず、彼女は海を見ていた。

「行けないの」

ひとこと、そう言った。行けない、とはどうしてだろうか。学費の問題とか家業を継ぐから必要ないとかそんなありきたりな理由しか知らない。でも、彼女も高校に行くことを望んでいるような口ぶりだ。

「涼真は、どうして海ヶ丘高校にしたの?」

話題を変えようとしてか彼女はそう言った。制服を確認するまでもなく学校名を当てる。町で唯一の高校だから当然か。

「そこにあったから。後、教室から海が見えるから」

まっすぐ海を見て答える。窓際の自分の席から見えるいつもの海。同じ海。

「家からでも見えるでしょう?」

彼女はそういった。この町の家は大抵、海に面した大きな窓がある。うちも例外ではなかった。

「見えるけど、授業中に外を見ると一面海なんだ。それがよかった」

「いいなあ」

いつも違う姿を見せる海に飽きることなんてなかった。いつもノートも取らずただ外を眺めてそんな時間が好きだった。


「今日さ、さわ先がさぁ−」

「最悪じゃん、まじだるくね」

女子の話し声がする。見ると二人組が砂浜に降りてきていた。

「あ、じゃあ私帰るね」

彼女も気づいたようで、立ち上がりワンピースから砂を払う。腕時計を見るとまだ時間があったため、絵の具のチューブを取り出した。

「今日も涼真と話せて楽しかった。またね」

前と同じく彼女は音もなく立ち去った。目で彼女の背中を追って、チューブからインジゴを絞り出し、キャンバスに重ねた。

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