第37話 目覚
優子は、深い闇からようやく目を覚ました。病院の白い天井がぼんやりと視界に広がり、そこに横たわっていることを理解するのに少し時間がかかった。どこかから聞こえる機械の音や、遠くで交わされる人々の声が、彼女の現実を少しずつ取り戻させていた。
「ここは……?」
頭の中で言葉が繰り返される。その瞬間、顔を上げてみると、隣のベッドには誰もいない。部屋には静けさだけが漂っていた。
「どうして……私はここに?」
優子は震える手で、自分の体を確認した。右足はギプスで固められていて、動かすのも辛い。しかし、体のどこにも致命的な傷は見当たらない。無意識のうちに倒れたか。それすらも記憶が曖昧だ。
「もしかして……あれは夢?」
だが、何かが違う。彼女は思い出す。自分があの写真を見ていたこと、そして不可解な声を聞いていたこと。あの恐怖が現実だったのか、それともすべてが夢だったのか。混乱した頭で何度も繰り返し問いかけたが、答えは見つからない。
突然、ドアが開き、看護師が入ってきた。
「お目覚めですね。調子はどうですか?」
優子は答えずに、その看護師をじっと見つめた。看護師は彼女の表情に気づくと、少しだけ眉をひそめた。
「少し驚きましたが、幸い、あなたは大事には至りませんでした。あなたが飛び降りたのは、4階からのことでした。奇跡的に足だけの骨折で済みました。」
「飛び降り……?」
優子の脳内でその言葉が反響する。信じられなかった。何も覚えていない。なぜそんなことをしたのか。
「そうです。防犯カメラの映像に映っていましたから、間違いありません。」
看護師は、落ち着いた声で続ける。
「でも、あなたがどうして飛び降りたのかはわかりません。記憶に何か問題があったのかもしれませんが、幸い、重傷ではありません。」
優子は、頭を抱え込みたくなるほどの混乱に襲われた。防犯カメラには、あの日、彼女がアパートの4階から飛び降りる瞬間が映っていたという。飛び降りるその姿、どこか冷静で、無感情に見える自分が映っているに違いない。
「でも……私……どうして?」
その問いは誰にも答えられなかった。
しばらくして、看護師は静かに部屋を出ていった。優子は無意識にベッドの上に座り込むと、再び深い思索にふけった。
数時間が経ち、病院を出る準備が整った頃、優子はふと目を向けた先に、何かが落ちているのに気がついた。ドアの近く、床に2枚の写真が置かれていた。
その写真を見た瞬間、心臓が締め付けられるような感覚に襲われた。
「これは……」
彼女の手は震え、写真を拾い上げる。その写真の中には、見覚えのある廊下が写っていた。そして、写真の裏にはまたしてもあの言葉が書かれていた。
「視えないものほど危険なものはない。」
そして、もう1枚の写真。それもまた、かつて見たあの場所で、モモの最後の姿と彼女自身が写っているものだった。怯えた表情、何かに迫られるような視線。
その写真を見つめると、あの日の恐怖が再び蘇る。
「どうして……こんなものが……」
優子は、思わず立ち上がり、写真を握りしめた。その瞬間、背後から聞こえる声が耳に響いた。
「視えないものほど危険なものはない――わかるよね?」
その声は、もはや佐藤のものではなかった。冷たく、どこか異様な響きを持ったその声に、優子は背筋を凍らせた。
「誰……?」
振り向いた瞬間、部屋はひどく歪んで見え、彼女の視界はまたしても暗転した。
「どうして……こんなことが?」
優子は、足を強く踏みしめたが、恐怖と不安の波に押しつぶされるような感覚に包まれた。それでも、目の前の現実が何かを伝えようとしていることを感じ取った。
そのとき、彼女の頭に一つの考えが浮かぶ――あの日、アパートの4階から飛び降りる直前、何かが彼女を突き動かしていたのではないか? そして、この2枚の写真は、ただの偶然ではなく、何かもっと深い謎に繋がっているのではないか?
恐ろしい思いが彼女を包み込む中、写真の言葉が再び頭をよぎる。
「視えないものほど危険なものはない。」
優子の背後に、何かが近づいている。それを感じ取るのに、時間はかからなかった。
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