第27話 闇の囁き
優子はその夜、一睡もできなかった。布団の中で震えるだけの時間がどれほど続いたのかも分からない。朝日が差し込む頃、ようやく目を開けたが、体は鉛のように重く、全身が疲弊しきっていた。
「これ以上は無理……」
彼女はぼそりと呟きながら、布団から抜け出し、キッチンへ向かった。冷蔵庫を開けると、中にはわずかな食材と、昨夜見つけた異臭の元となった袋がまだそのまま入っていた。
「……これも片付けなきゃ。」
袋を手に取り、外のゴミ置き場に捨てに行こうとした瞬間、背後でドアがきしむ音がした。振り返ると、誰もいない。
「もう、幻聴まで聞こえるようになったの?」
苦笑しながら袋を持ち、玄関を開ける。しかし、ドアの外には見知らぬ男が立っていた。
「……田中優子さんですか?」
驚いた優子は思わず後ずさりしながら、男を見上げた。男は黒いスーツに身を包み、冷たい視線で彼女を見つめている。
「あなたは?」
「私はこの地域で最近の事件について調査している者です。」
「警察の方ですか?」
「いいえ、民間の調査員です。」
男の言葉に優子はさらに警戒心を強めた。
「何の用ですか?」
「少しお話を伺いたいのですが、よろしいですか?」
彼女は迷ったが、玄関先での会話なら安全だろうと判断し、立ち話に応じることにした。
「実は、ここ最近この辺りで起きている一連の事件に関して、あなたの情報が何度か出てきています。」
「……どういう意味ですか?」
「田中優子さん、あなたの家の周辺で見つかった血痕付きのナイフ、そしてその指紋の件です。」
優子の心臓が跳ね上がった。
「私、何もしていません! 本当に……!」
彼女は必死に否定するが、男の冷たい視線は崩れない。
「分かっています。ただ、これはあくまで確認です。田中さん、あなたの記憶の中で何かおかしなことや気づいたことはありませんか? 特に、最近。」
優子は思い返そうとしたが、頭が混乱して何も浮かんでこない。ただ、夢の中で聞いた囁き声や、突然の異臭、謎の箱のことが脳裏をよぎる。
「……ありません。」
「そうですか。」
男は深くため息をつき、何かをメモに書き込むと立ち去った。
その日、優子は一日中不安定な気持ちで過ごした。気晴らしに部屋の掃除をしようと試みたが、手が震えて掃除機をまともに動かすこともできなかった。
「どうして……こんなことになったの……?」
自問自答を繰り返す中で、彼女は自分が何か大きな力に囚われているような感覚に陥った。
夕方になり、ふとスマートフォンが鳴り響いた。画面には「佐藤」の名前が表示されている。
「……何の用だろう。」
彼女は通話ボタンを押し、耳に当てた。
「田中さん、最近調子はどう?」
「ええ……まあ。」
佐藤の声はいつもと変わらない穏やかなトーンだったが、彼女には妙に不快に感じられた。
「実はね、昨日も君の部屋の周辺で何かが動いていた気配があったんだよ。」
「……どういうことですか?」
「詳しくは分からないけど、君も気をつけてね。」
佐藤の言葉に胸騒ぎを覚えながら通話を切ると、玄関の方から物音がした。
「……また?」
恐る恐る玄関に向かうと、ドアの下に一枚の紙が挟まれているのを見つけた。それを拾い上げ、広げてみると、そこには大きくこう書かれていた。
「優子、逃げられない。」
「……何……これ……」
紙を持つ手が震え、視界が滲んでいく。体中から力が抜け、優子はその場に崩れ落ちた。
その時、背後でまたドアがきしむ音がした。振り返ると――そこにはモモがいた。
いや、モモのような何かがそこに立っていた。
「嘘……モモ……?」
優子の目にはっきりと映るその影。だが、モモの目はどこか異様に赤く輝き、体はかすかに揺れている。
「モモ……助けて……」
そう言った瞬間、視界が暗転し、意識を失った。
次に目を覚ました時、優子は自分の部屋ではなく、どこか薄暗い見知らぬ場所に横たわっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます