第14話「奴隷処女と巨大なトカゲ 2」
火山から噴き出した溶岩が山の一部を溶かし、その巨体を露わにする。
「出迎えてくれるとは大層なこった」
「あれを殺したら一攫千金ですよ。
猫のお皿を買いましょう。それで、美味しいご飯をたらふく食べましょう」
緊張を隠す為か、はたまた虚勢か。リアナは鼻で笑ってみせる。
しかし、それは強がりであることに間違いはない。
かく言う俺も体が震えるのを実感する程であるから、大差ないのかもしれない。
「先に行って気を引き付けてきます。
その隙に火山の外側から登ってきてください」
「でも…大丈夫なのか?その間まで一人じゃないか」
腕を捲し上げて、力こぶを作るリアナは自信ありげに言う。
枝のように細い腕が余計に際立って見える。
華奢なリアナが、恐れを隠して言うのだから俺が止める権利はない。
言葉を返すよりも早く、リアナは地を蹴って上空へと舞い上がった。
遅れて轟音が轟く。翼も無しに空を飛び
トカゲを翻弄する姿はまさしく鳥のようだった。
いや、天使と呼ぶに相応しいのかもしれない。
「っていやいや…俺も早く行かないと」
感動に浸る間もなく、俺は行動に移った。
身を乗り出して辺りを見渡す。下を見渡せば一面緑で自然豊かであるが
更に視線を下げれば一歩踏み間違えれば今にも崩れ落ちそうな崖。
登るのは至難の業と見たが、そこで怖気づくのは最もふさわしくない。
力いっぱいに足を踏みしめ一気に崖を駆け上がる。
顔全体に風を受けて髪を後ろに靡かせる。
こうして無我夢中に駆け巡るのはいつぶりだろうか。
見渡す限りの大空が心地よい。こうも広い空を見ると昔見た
景色が瞼の裏に映し出されるみたいだ。
以前より思い老けることに抵抗が無くなった。
リアナと出会ったからか、はたまた自分の気持ちに整理がついたからか。
まだ分からないが良い傾向だと思う。
…そういえば、リアナも過去については思い返したくない人だったな。
「夢」について話したがらないということは、昔の出来事と関係しているのかもしれない。
「不幸せ」とか「夢」とか俺は良く分からないな。
どうして家族と会えるのに不幸せと思うんだろう。
奴隷とされた訳は襲撃を受けたせいだと、本人の口から直接告げられた。
なら憎むべき対象でないことは確かだし、それは別の者と言える。
少なくとも、俺はリアナのお陰で変われた。
だからこそ、奴隷という壁を越えてでも平等な関係を築きたいと願う。
辛いことがあれば相談してほしい。好きな食べ物も好きなことも。
君が言ったんだろ「幸せの中に不幸せが宿っている」って。
「着いたぞ」
――――澄んだ脳内は、一瞬にして霧のように散っていく。
自分の発した声は、今にでも風に吹かれて消えてしまいそうで。
そんな考えを頭の隅に追いやって、トカゲと相対する。
深く深呼吸をして気持ちを落ち着かせながら
少しずつ、歩幅を合わせるように一歩ずつ確実に進んでいく。
「お前がやったんだな」
鞘から剣を引き抜く。同時に炎の吐息がトカゲを守る。
巨体を地面に叩きつけて威嚇する。
だが、俺にとって好都合な行為でしかなかった。
間をぬって間合いを詰める。リアナが集中的に攻撃した跡にめがけて槌を振るう。
当然その程度が決定打になる訳もない。数秒間の睨み合いが続く。
八重歯の隙間からは絶え間なく唾液が垂れて地面へと滴り落ちている。
凶悪な歯に見合った、狂暴な性格からくる獣性が
身を酷く見苦しい姿に仕立て上げた。
腕は醜く紫色に変色している。あらぬ方向に曲がった手足が悲惨さを物語っている。
背中に生えた控さな羽で飛び上がる。
控えめながら、その巨体を支える姿はまさに圧巻。
しかし、俺の目的はこのトカゲを殺すことではない。
時を見計らい、地に伏すリアナを抱きかかえて走る。
走った。ただ走った。自分に挑む果敢な者ではない愚者。そう判断されたのか
はたまた、ただ単に興味がなかったのか。理由は定かではないが後を追われることはなかった。
だが次の瞬間、命運を分ける出来事が起こった。宙を舞う体制から、鷹のように急降下する。
その巨体からは想像も出来ない程、素早く鋭い一撃をこちらに向けて放つ。
元々の溶岩溜まりは巨体が降下したことにより更に深くなる。
地面からは幾つものひびが目に映り、地面からは突き出た岩が辺りに飛び散る。
足で踏んだ箇所には衝撃から、辺り一面に亀裂が走る。
これは…火山と呼べる代物ではない。
機嫌の左右により世界を破滅に導く。
この日、魔物という存在が如何に恐ろしいかを生涯を通して実感した――――
そうして現在、先の降下から生じた窪みに身を潜めている。
「馬鹿ですね私。これも夢をみたせいでしょうか」
荒い呼吸を落ち着かせながら自嘲気味に笑う。
「だからって…!こんな酷い話はないだろ…!」
……俺は馬鹿だ。本当に大馬鹿者だ。
「怖くて…何も出来ませんでした」
「違うだろ」
震える手を握り締める。人の体温とは思えないほど冷えきっていた。
簡易な治療を施す為衣服を軽く脱がせてみると
薄橙の綺麗な肌は赤に染まり、変色していた。
血は止まることなく流れ続けている。
これだけ見ると戦いの末敗れたと思わせられるが肌には火傷跡の一つもない。
「お前があんな奴にやられるはずがない。俺は確かに見た。
血の雨が口に入って、鉄の味が口いっぱいに広がったことだって覚えている」
見惚れてしまった、あの強さに。
「違うだろ?」
「何かあるんだろう?」
「…迷いがあったんです。あのトカゲを倒して
色々な旅をして、きっと楽しいことだと思います」
掌を空に掲げて、雲を掴むような仕草を見せる。
当然何も掴むことは出来ずに、暗い天井から細かな小石が次々に落ちていく。
「でも、村に着いた時、誰も私のことを覚えていなかったら。
あれを殺す意味なんて、あるのかなって」
ずっと前から考えていた。時折見せる暗い表情。
何を見ているのか、何を思っているのか。不幸せの意味がずっと分からなかった。
こんな満身創痍の姿を目の前にして、ようやく理解
出来た自分がどんなに鈍感で愚かしいことなのだろうか。
同時に、心の底から安堵感が押し寄せる。
また、君を救えると。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます