第4話

 始業には間に合ったものの、いつもより一本遅い電車になってしまった。

 だから、駅から会社まで、ほとんど競歩。おかげで汗だくだ。

 ロッカールームに寄る時間はなかったので、自席で汗を拭く。

 水を飲もうと鞄を開けたところで、ドサッと白いビニール袋がデスクに落ちてきた。

 それとほぼ同時に、理人が席についた。


「やるよ。

 どうせ飯食ってねえんだろ?」


 パソコンを見たまま言い放つ。さっき電話してきたのと同一人物か疑わしいほど、無愛想だった。


「ありがとう。」


 袋の中身を確認する。見事に、私の好きな物ばかり。サンドイッチではなく、鮭おにぎりなのも、よくわかっている。デザートとして、フルーツが入っているところも。



「…ありがとう。」


 自然と、2度目のお礼の言葉が溢れた。


「何回言うんだよ。」


 可笑しそうに言った理人の無表情は、少しだけ崩れていた。

 他の人達には気づかれないくらい、小声でのやり取りだった。

 始業まであと2分。

 おにぎりを取り出し、包装フィルムを順番通りに剥いていく。少しだけ海苔が取り残された。

 私は、『朝倉理人』というキャラが好きだ。だけど、どこまで彼のことを知っているのだろう。

 好きな食べ物は?

 苦手なものは?

 趣味は?

 作中に描写がないことに関しては分からない。

 隣にいる『朝倉理人』のことを、何も知らない。

 こんなことで、理人のことを好きだといえるだろうか。

 包装フィルムをゴミ箱へ捨て、今日の仕事に取り掛かった。

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