第21話 予期せぬ再会
街灯に照らされた貴族街は、夜でも比較的明るい。よそに領地を持つ家の、都での別宅が並んでいて、私兵も多く常駐している。
その私兵たちが、何人も道ばたに倒れている。事切れている者もいて、思わず目を覆いたくなった。
「こりゃあ、相当な手練れっすね」
ロビンも心なしか緊張しているように見えた。
「フラドナグは魔道士です。魔法を唱えている間に攻撃されてはひとたまりもありません。早く合流しなければ」
「姫様、あそこです!」
ロビンが天を指さす。中央地区と北地区を隔てる大きな門のてっぺんに、ローブの上にマントを羽織ったフラドナグが立っている。あの出で立ちは戦装束だ。ローブとマントそれぞれの裏地に、
どうやら、私たちとフラドナグは、反逆者の一団を挟撃する形になっているようだ。フラドナグは敵の進路に巨大な氷の壁を形成し行く手を遮っているが、敵は数にものを言わせて壁を破壊し、徐々に城に近づいている。
「らしくない戦い方っすね」
ロビンが立ち止まった。
「フラドナグ様なら、集団相手には
「私もそう思います」
敵が多い今のような状況でこそ有効な魔法のはずなのに、それを使わないということは――
「もしや、効かなかったのでしょうか」
「フラドナグ様の魔法が通じない相手なんているんすか」
「魔王軍の精鋭には、精神干渉の魔法は効きませんでした」
「でも、今戦ってる相手は普通の人間ですよ」
「だとしても、可能性はあります」
トトの持つ強い耐性を私は思ったが、すぐに消し去った。今考えるべきことではない。
この状況で、どう動くべきか。
帰路で遭遇した山賊程度なら一刀のもとに斬り伏せられるが、敵は貴族の私兵を倒している。侮ってかかるべきではない。
「……姫様」
足音が聞こえる。フラドナグと戦っている一団とは別に、数人がこちらへ向かってきている。
「おい、火が消えてるぜ」
「貧民街の奴ら、ちゃんとやってんのか?」
男たちの声を聞き、西の空を見た。暗くなっている。どうやら、教会付近の消火は首尾よく終わったらしい。
「だから逃げるんだよ。俺たち以外の奴らが上手くやるとは限らねえからな」
敵は一枚岩ではないらしい。声の主は、さらに続ける。
「あのじいさんは相当強い。俺たちじゃ絶対にかなわねえ。さっさとずらかるぞ」
「ボスの判断が間違ってたことはないっすけど、いいんですかね?」
「たりめえだ。軍資金もある。別の大陸に飛べば追っ手も来ねえさ」
ボス、とは、単に首領を示すあだ名だろうか。それとも――
「おい、そこにいる奴出てこい!」
考え事をしていたら、気配を悟られてしまった。私は、ロビンほど上手く気配を消せない。ひとりで出る、とロビンに目配せして、私は脱走者たちの前に姿を晒した。
「ああっ!」
「あっ……」
男たちのひとりと私の声が重なった。目の前に、銀色の鎧を纏った、銀髪の精悍な男がいる。ケニーを襲った悪漢――ボス。やはり、都に流れ着いていたらしい。
「てめえはあのときの女!」
ボスの鎧は、胸と肩の部分が歪んでいた。私の攻撃で胸が、崖下の川に落ちた衝撃で肩が損傷したのだろう。
「おい、お前ら。先に逃げてろ。この女はお前らじゃ手に負えねえ」
「でも、ボス。大人数でボコりゃあ……」
「そういうレベルじゃねえんだ! ここにお前らがいるだけで邪魔なんだよっ!」
「ひぃっ!」
仲間に対するボスのがなりようは、まるで脅しだ。けれど、正しい。私とボスの戦いにおいては、彼らは吹き飛ばされるオブジェに過ぎないだろう。
「認めるぜ」
ボスは落ち着いた表情で私を睨みつける。
「あの時は油断してた。あんな寂れた場所で、たかだかガキひとりのためにしゃしゃり出てくるような女が、ただの女じゃねえことくらい、ちょっと考えりゃわかることだった」
ボスは剣を抜いた。私もエスペランサを抜き、小盾を柄から外した。右手に剣、左手に盾――これが、私本来の剣術。
「剣聖と戦えるなんて光栄だぜ」
いつの間にか、私のことを知っている。おそらく、私を知る何者かの後ろ盾があるのだろう。
「お聞きしたいことがあります」
「いいぜ。これから命のやりとりをするんだ。疑問は解消しとくにこしたことはねえ」
「なぜ、ケニーを……あの男の子を痛めつけたのですか」
私が城を出たのは、凄腕の殿方を探すためだった。それは、この男だった。対峙してよくわかったが、ボスは確かに噂通りの凄腕だ。見目も麗しいと言える。けれど、ボスからは、昼間の山賊たちと同じ空気を感じる。能力や見目がどれほど優れていようと、内面が下郎ならば下郎だ。強く、美しくとも、心が歪んでいる者にはまったく惹かれない。
ケニーは死んでしまった。私がこの男からケニーを助けてしまったがために……この問いに意味などないけれど、ただ、私とケニーを引き合わせたものの正体を聞きたかった。
「この鎧はもらいもんでな、高飛びするときに売っぱらって金に換えるつもりだった。なのに傷をつけられちゃあな……」
「だからと言って、子供を蹴り飛ばすなど許されません」
「イライラしてたんだよ。誰でもいいからぶん殴りたかった。別にガキだろうがババアだろうが誰でもな。雇い主からは騎士様ごっこをしながら都にいろって言われて、しばらくはお遊戯を楽しんでたんだが、やっぱり暴れ足りなくてよ」
やはり、意味などなかった。
ケニーはただ、この男のストレス解消のために蹴り飛ばされ、私を陥れるために殺された。
偶然とか、運命とか、そういう言葉で片付ける以外ないのだろうか。
「なんでも持ってるお姫様には、俺みたいなやつの気持ちは理解できねえさ」
なんでも持ってなどいない、と言いたい。けれど、ボスには通じない。この男がいう“なんでも”とは衣食住のことであり、私はそれらを民から与えられている。
「おっと、僻み根性を丸出しにされても、お姫様は困っちまうよな」
「いいえ。あなたの主張は理解しました。許すことはできませんが」
「へえ? 殊勝なことだねえ」
「力でなければ、あなたを止められないことも理解できました」
「物わかりのいいお姫様だ。あんた、暴力振るうほうが向いてるぜ。俺たちみたいにな」
「力を振るうことは、あります。けれど、私は守るために剣を手にします。私の剣は、奪うための剣ではない」
しん、と、夜の静寂が、私とボスとを包み込む。
「私の名はイリスディア・フィニレ。決闘のつもりなら、あなたも名乗りなさい」
「そりゃあ、無理な相談だ」
ボスの目が、宵闇にギラリと光った。
「名前なんかないんでな!」
剣と剣がぶつかり合い、闇の中に火花が散る。
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