第19話 私がやるべきこと
王都に帰り着いた頃には、すっかり夜だった。どんよりと重い空には星ひとつ見えない。
壁を破壊して出てきた後ろめたさから、城へ帰ろうという気にはなれなかった。今夜はどこかの宿に泊まろうと考え、私は中央地区で旅人向けの宿を当たることにした。
火の魔力で辺りを照らす街灯の下で、ジュードがくれた革袋の中身を確かめた。数ヶ月は宿に泊まれそうな、旅人が持つには多すぎる数の金貨と銀貨。その奥底に、何か違う形のものが入っていた。
「どうして、これが」
革袋の底から出てきたのは、私のイヤリングだった。“小躍る小兵亭”で、食事代として女将さんに渡したはずのものだ。
ロビンが店に代金を払ってイヤリングを取り戻し、ジュードに託してくれたのだろうか。
「……っ」
私はイヤリングを両手でぎゅっと握りしめた。また、気づかないうちに助けてもらっていた。
ロビンに、ひどいことを言った。彼は正しいことを言っていたのに八つ当たりなんかして、みっともなかった。謝りたい。そのためには城へ戻らなければならないけれど……深呼吸をして、今やるべきことを考えた。
まず、トトだ。トトに会わなければ。
彼は私を“魔王の手先”だと言った。本当にそう見えていたのなら、彼の目は何者かによって曇らされている。確かめなければならない――トトは、大切な仲間なのだから。
私は両耳にしっかりとイヤリングをつけて、今晩の宿を探しに向かった。
* * * * *
「すまないねえ、お嬢さん。今日はもう空きがないんだ」
最後の宿の主人にも、頭を下げられた。中央地区の宿屋はすべて満室だった。大きな催しの予定はないし、なぜこんなにも宿泊客が多いのか見当がつかない。こうなっては北地区の宿を当たるしかないが、貴族街にあるのは他国からの賓客が泊まるような高級宿だ。そもそもひとりで泊まるようなところではない。
だからと言って、野宿はできない。旅をしていた頃は四人だったから野宿も選択肢に入ったが、今、私はひとりだ。国への反逆を企てる者が私を狙っているのだとすれば、野宿などして、きっと今もそばで警戒を続けているロビンの負担を増やすべきではない。
では、ロビンを呼んで二人で行動できるかといえば、それはできない。彼は私を城に帰そうとするだろうから。意地を張らずに帰ることも考えたけれど、きっと……城に帰ったら、父は現状が収束するまで、私を閉じ込めるだろう。何もせずにただ待っているなんて、嫌だ。
私を匿ってくれる人がいれば――
「……ニーナなら」
また迷惑をかけてしまうけれど、トトのことを相談するなら彼女以上の適任はいない。本当はフラドナグにも話したいけれど、父の友人でもあるフラドナグは私を城に連れ戻すかもしれない。
教会へ行くと決め、宿を出て西の空を仰ぎ見る。曇りの夜だというのに、妙に明るく見える。違和感を覚えつつ道なりに歩いて行くと、焦げ臭い匂いが漂ってきた。
「応援を! 急げ!」
鎧を着た複数の足音が聞こえ、思わず身を隠した。騎士たちが貧民街の方へ走ってゆく。何か、あったのだろうか。彼らに見つからないよう家屋の陰に隠れながら進んでいると、突如轟音が響き渡った。
ひどく嫌な予感がして、私は駆けた。
西の空を照らしていたのは、炎だった。
教会が燃えている。
「ニーナ!」
たまらず叫んだ。辺りは火の海だった。
「ニーナ! どこですか!?」
「ああっ、誰かいるのかい!?」
私の足に、老婆がすがりついてきた。顔が煤で真っ黒になっている。どうやら
「どうかニーナちゃんを助けておくれ! あたしを助けて逃げ遅れて、何かの下敷きに……」
老婆は見るからに足が悪そうで、教会で治療を受けていたのだろうとすぐに知れた。
「場所はわかりますか」
「救護室だよ、お願いだよ。どうか……」
「わかりました。あなたはここから動かないで。もうすぐ騎士が助けに来ます」
「ああ、ありがとう、ありがとうよ」
私はエスペランサを抜いて、礼拝堂の扉を叩き斬り、蹴り倒した。長椅子も講壇も火の粉を浴びていて、燃え尽きるのは時間の問題と思われた。けれど、教会そのものは石造りのため、熱されてはいるものの、火の手が回りきってはいない。まだ間に合うはずだと信じて、私は一直線に救護室を目指した。
救護室のドアは壊れていた。中は、礼拝堂とくらべてひどく荒れていて、家具のほとんどすべてが倒れている。
「ニーナ!」
煙を吸わないよう、息を止めたまま声を出す。返事がない――けれど、焦ってはいけない。炎の中に気配を探す。すると、倒れた薬棚の近くに、ほのかな光が見えた。あれは、癒しの魔法の光だ。駆け寄って、薬棚を強引に持ち上げて投げ飛ばすと、うつ伏せに倒れたニーナがそこにいた。私は彼女を担ぎ上げて、自室と同じように壁を斬りつけて大穴を空け、最短距離で教会を脱出した。
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