第6話
お湯を沸かす音が部屋に響く。
生徒会室は想像していたよりずっと小さかった。「ここを他みたいに大きくする必要はないの。図書館とは違って極一部の人しか使わないから」と彼女は言った。
ただ室内にある物はやはりそれなりに良い物が置いてあるようで、座るよう言われたソファは適度な弾力があり長時間座っていても疲れなさそうな感じがした。
彼女が沸いたお湯でお茶を入れると「熱いから気を付けてね」と俺の前にそっと置く。お礼を言って置かれたカップを見る。真っ白な陶器のカップには、濃い青と金色の幾何学模様が描かれていた。
カップから立ち上る白い湯気と共に紅茶のいい香りがする。火傷をしないようそっと口を付ける。
(―――うまい…それにとても温かい)
安心する、純粋にそう思った。この香りと喉からお腹へと流れていく暖かなお茶の感覚が気持ちを落ち着かせる。
「ごめんなさい少し資料の確認しなければならないの。もう少し待っていてくれる?」
「もちろんですよ。流石にもう逃げたりはしないのでゆっくりで大丈夫です」
少し冗談めかして言うと彼女は目をパチクリさせる。そして柔らかい表情で「ありがとう」と言い作業を始めた。
紅茶の入ったカップの中を見つめながら深く考える。
俺の悩みは彼女があそこまで深刻に捉えてしまう程のものなのだろうか、と。
俺はただ漠然と必要だろうからと勉強を優先して生きてきただけだ。時には
それで良かったはずなのに。遊んでる最中も遊び終わった後もなぜか思ってしまった。考えてしまった。
今は楽しい。楽しかった。
でも明日は?
来月は?
来年は?
学校を卒業したら?
頑張って勉強してそれでも尚、何も得られなかったら?
何にもなれなかったら?
何もできない人間になっていたら……?
ふと自分の指先が微かに震えていることに気付く。
自分の震える指先見てこれ以上は考えるのをやめよう、そう思ったがあの時の彼女の言葉を思い出す。
彼女は間違いなく優秀で期待されていて。だからこそ指名されて生徒会長になった。それも全生徒に投票までさせた上でなっている。
そんな彼女が明確に怒りの
そしてそれは俺に対してでは無くて……。
周囲の人達の期待と信頼を背負い筏葛千歳という学園の象徴として先頭に立つ。そしてこれが明瞭学園なんだと周囲に誇示する。
(そんな高みにいる人間が言ったんだ。自分を許せないと)
―――情けない。
(たかが俺如きの事でそんな人が自分を許せないと)
―――逃げたい。
(将来というものにただ不安や恐怖を感じて勝手に延々と一人で怯えているだけの俺なんかの事をこの人は)
―――くん。
(彼女のように背負っているものなんて何一つない俺を)
「彼方くん」
ふわりと柔らかくて温かくてそして少しだけ甘いシャンプーの香りがした。
彼女が「大丈夫」と繰り返しながら俺を優しく抱きしめてくれていた。
―――今になって思えばその瞬間もう理解していたんだろうと思う。
―――ずっと探していた不安と
―――本当の意味で俺が欲しかったものが。
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