花の開かせ方

 そよ風が吹く五時過ぎは、昨日よりも空が明るかった。遠くの雲も花弁のシワのようにくっきり見える。


 枝と葉の擦れる音に耳を澄ませていると、近くから突然吐息が割り込んできた。


「わっ! にっへへ、お仕事見張りに来たよー」

「んぐっ、今日も、来たんだね……」

「お、いつもよりリアクション控え目? さてはビックリしないよう覚悟してたな~」

「バレてる!」

「あ、図星だった? テキトー言っただけなんだけどな~」

「くっ、これだけは未だに慣れない……」

「おっほほ。慣れる日なんて来るのかなぁ?」


 会った直後はやっぱり彼女の空気に巻き込まれる。


 澤村さんの言葉を思い出しながら、深呼吸を意識した。穏やかな風につられて、心臓も誤魔化されたみたいに落ち着いていく。


「本当に毎日欠かさず来るね」

「それを言うなら、そっちこそ平日ほぼバイトじゃん。そんなにお金貯めて何に使うの〜?」

「す、少し遊びに使う予定」

「へ!? 意外! 鈴守君も遊びとか行くんだ!」

「失礼な! 僕だって遊びぐらい行くよ」

「いやいや、ホントに予想外だったから。行きたいとこあるの?」

「まあ、多少は。高三になったら受験勉強でどっちみち行けなくなるだろうし」

「あ、鈴守君は受験組か」

「北野さんはAOなんだっけ?」

「そ! だから部活頑張ってなんとか進学する!」

「じゃあそっちも、これから忙しくなるんだね」

「まーねー。でも今ちょー頑張ってるし、夏の県大会はいけるっしょ!」

「だったら今の内に遊んどかないとね」


 持っていたジョウロを棚に置いて、振り向きざまに言葉を口から押し出した。



「北野さん。今度どこか遊びに行きません? 二人でご飯か、遊ぶとこか」



「……へ?」


 緩やかに流れる鉢の中の水より、僕達の数秒間は静かで長かった。


 虚を突かれた北野さんは目を丸くして固まっていた。ここしかない。怖気づく前に考えてた言葉を続ける。


「高校生のバイト程度だから高い所は無理だけど、ご飯くらいは奢れます」

「え、いやいや、へ? 待って待って、急すぎない?」

「貯めたお金の使い道は決めてなかったけど、これなら気兼ねなく使えそうだなって」

「い、いやいやお金は大事に……ってそこじゃない! 二人で遊びってそれってまるで――」


「僕が北野さんとデートしたいから、誘ってるんです」


「ふ、ふぇ……?」


 北野さんの足が少しだけ後退していくのが見えた。引かれたかもしれない、怖がってるのかもしれない。


 だから一歩だけ。一歩だけ前に近づいて、今日はちゃんと彼女の顔を見つめた。逸らさず、真っすぐ。


「北野さん」

「ひゃいっ!?」


 心臓はこんなにもうるさいのに、心は落ち着いたまま。花を育ててる時と同じだ。胸の高鳴りは増しても、肺の中は穏やかな空気が吹き抜けている。


 僕は初めて、花にだけ見せていた微笑みを北野さんに向けてみた。


「少しは好みの男に、僕はなれたかな?」


 言葉での返事はなかった。それでも僕は自分の告白に胸を張れた。



 だって目の前には一輪の花が、真っ赤になって咲いていたんだから。



「……ガサツな男子よりは花でも愛でてる男が良いと言ってたから、バカ正直にやってみた」

「なんっ、でっ、それ……」

「たまたま聞いたの覚えてただけ。気持ち悪かったらごめん」


 北野さんは口をパクパクさせて、やり場のない両手を胸の前でわなわなさせていた。


「ここにある花たち、気に入ってくれてて嬉しかったよ」


 いつも会いにきてくれてた彼女の表情を、試しに真似して向ける。


「毎日毎日、北野さんの事を思いながらお世話してたから」


 ――僕はいつもこんな顔をしてたのかな。なんて、さっきより真っ赤になった北野さんを見て思った。


「そんな、ハズいこと、当たり前に……」

「そうだね。実際かなり恥ずかしいし、正直勢いで今は話してる。でも良かったよ」


 視線を逸らそうとした彼女を、逃がしてやるもんかと動いておいかけた。


「――やっと見れた。効いてる顔」


 頬はジュリアンみたいな赤で、口元は常にせわしなく震えていた。


 いつものいたずらっぽい小悪魔の姿はなくて、思ってることが全部顔に書いてあるような女の子がそこにいた。


「な、なな、にゃよ。仕返しのつつつっ、もり?」

「まあ、仕返しになるのかな。けど僕は毎日水やりできるぐらい忍耐強くてしつこい男だから」


 初めて反撃に成功したんだ。今日ぐらい調子に乗ったって許されるよね。


「もっと見ても良い? その顔、できれば毎日」


 僕が覗き込んだ途端、北野さんは片手で口元を隠してしまった。それでも表情は透けて見えるけれど。


「か、勝手にす、すれば?」

「そっか。じゃあ一つづつ北野さんに惚れた所言ってみても良い?」

「ほぉっ!?」

「うそうそ。流石にね」

「おま、女子をからかうなんて良い性格してんじゃん……」

「いや、ちゃんと全部言うよ?」


 棚に置いたままだったジョウロをまた手に取って、すっかりしおらしくなった北野さんにニッコリと笑いかける。


「けど休憩中に言い終わる気がしないから、またシフト終わりにね」



 ようやく北野さんに一泡……いや、一花咲かせられた。

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園芸コーナーのバイト君が『からかい女子』に反撃するまで! 白神天稀 @Amaki666

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