実験

lana

第1話


暗い。寒い。熱い。痛い。抵抗する力もなくゆっくりと瞼が閉じる。

意識が遠のいていく中、私の中では復讐心だけが音を立てて燃えている。



 速報です。近年、違法な人体実験が行われていることが発覚しました。警察は今後も取り締まりを続けることを公表し、詳しい情報は...


「物騒な世の中ね。」


ニュースキャスターの言葉を遮るように母はテレビを消した。


「そんなことよりご飯にしましょう。」


明るく優しい母が大好きだった。


「母さんの手料理は世界一おいしいな。」


幸せそうに笑う少し頼りない父も優しくて大好きだった。


「あう。」


まだ生後6ヶ月の妹、すみれ。

すみれの花言葉は「小さい幸せ」どんな些細なことにも喜びを感じたくさんの幸せを見つけてほしいという意味が込められていえる。

私たち家族には小さな幸せで十分だった。


「四葉、何ぼーっとしてるの。早く食べなさい。」


幸せという意味を持つ自分の名前を私はとても気に入っている。


「四葉もあと一か月で小学生かぁ。早いなぁ。」


しみじみとした口調で話す父にあきれる。


「四葉はもう子供じゃないもん。」


「はは。父さんからしたらまだまだ子供だぞ。それにしても四葉は言葉を覚えるのも理解するのも早い、頭がいいな。さすが父さんの娘。」


確かに同年代の子と比べると読み書きも早くでき、本をたくさん読むせいか言葉も多く知っている。


「少し大人っぽすぎるくらいよ。ちゃんと友達ができるか母さん心配だわ。」


母は少し心配そうに首をかしげる。


でも、幸せは脆い。壊れるときは一瞬だ。

私はそれを痛いほどよく知っている。


ピンポーン


玄関のチャイムが鳴った。それまで幸せなごく普通の食卓に不穏な空気が流れる。

母さんは私とすみれを奥の部屋に入れ、出てこないように言った。

父さんは玄関を開け誰かと話を始める。少しだけ会話が聞こえる。

私は少しドアを開けてその様子を見ていた。

幼い私には話の内容をすべて理解することはできない。

それでも何か良くないことが起きていることだけはわかる。

私に理解できたのは少しの借金というものがあること。

すみれの面倒をどこかの施設で見てくれるということ。

でも両親は目にいっぱいの涙をため縋りつくように何かを懇願していた。


この日を境に何もかもが崩れていく。


借金というものがなにか調べて知った。それがどれくらいあるのか、なぜあるのかもわからない。ただ日々元気をなくして弱っていく両親を見るのがつらかった。

あの日からちょうど一週間が経ち、母さんと父さんは少し出かけてくるとすみれを連れ、私を置いて出ていった。

嫌な予感がした。

私はこっそり後をつけた。私の家族は車は持っていないので後をつけやすかった。

予想は的中した。

両親たちは古びた建物に入っていく。

目の前にいるのは一週間前、家に来ていた人だ。

両親は悔しいようなやるせないような顔をしてすみれをそいつに渡した。


「だめだ。」


気づいた時にはそう叫んでいた。

両親が私に驚きの目を向けた後、鬼のような形相で逃げろと叫んだ。


「もう一人いたんだ。」


さっきまで表情なんて見ていなかったが、奴は黒い瞳を私に向け興奮したように口角を上げ、荒い息で追いかけ、私を捕まえた。

両親は泣き叫んでいる。

でも、私にはわかる。

今私の目の前で、すみれは売られた。

私の仮説を裏付けるかのように奴は両親めがけて金を投げ、

「二人分だ。」

と言い放った。


この日から地獄のような日々が始まる。

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