第33話:決意
宵闇に包まれ静まり返った庭園のベンチに座りながら、リルゼムは手の中にあったものを広げた。
「綺麗だなぁ」
月明かりを通してしまうほど薄い生地に編まれた、美しいカンパニュラ模様のハンカチ。これは今日、ルネリタから贈られたものだ。賑やかなパーティーが終わる頃、「貴方は大切な友人よ。ずっと仲良くしてね」と礼とともに渡された。あの事件の後、リルゼムのためにと編んでくれたらしい。
自分が心惹かれた物を作者本人から贈られるなんて、ファン冥利に尽きる。あまりにも嬉しくて「家宝にします!」と宣言してしまったほどだ。
「友人か……」
ツヴァルトもルネリタも、王族なのにリルゼムを大切な友人だと認めてくれた。エイドルースやパトリもだ。こんなのは普通だったら絶対にないことで、改めて考えるとすごいことだなと思ってしまう。
「本物のリルゼムもそうだったのかな」
漫画に描かれなかった部分は想像するしかできないが、もしかしたら大切な友人たちのために悪を撃とうと命をかけたのだろうか。なんてことを想像してしまう。
今の自分にそこまでの覚悟があるかどうかは問われたら、それはまた別の話だけれど。
だけれど、オルナトの計画のせいでエイドルースが、屋敷の皆が、王族の人たちに命の危険が及ぶかもしれないと想像すると、胸の奥から柄も知れない恐怖と焦燥が込み上げてくる。
「ほんと、オレ、どうしたらいいんだろう」
エイドルースのダークヒーロー化を防止して予想もできない未来と対峙するか、漫画のルート通りに進ませて多くの人間を守るか。
後者を選択した場合、リルゼムとエイドルースに明るい未来はやってこないが。
ふと頭に『闇粛』の結末が過って、リルゼムはわずかに眉根を寄せる。
そういえば、エイドルースの『最後』は。
「あっちも明るいもんじゃなかったな……」
忘れていたわけではないが、ずっと自分の未来ばかり心配していて考えないようにしていた。でも今一度思い出してみれば、エイドルースの未来だってリルゼム同様幸せなものではない。
物語で闇の粛清者となったエイドルースは、ヨシュアの死の真相を突き止め、オルナトの罪を暴いた後、自らの罪を精算するために崖から飛び降りてしまう。その後、はっきりとどうなったか明示はされていなかったが、ラストシーンでパトリが寂しそうに崖から花を手向ける姿が描かれていたので、おそらく────だろう、と当時の響李は切ない気持ちになったのを覚えている。
ダークヒーローの結末なんて、だいたいそんなものだ。自ら罪を告白して裁きを受けるか、命を絶つか。たとえ世のため人のためと言えど、罪に手を染めた事実は変わらないし、何より納得しない読者が出てきてしまう。だからこそ作者も苦肉の策としてエイドルースの生死を明確にせず、読者の想像に任せたのだ。
ただ、漫画ならそれでいいかもしれないが今自分がいる世界は、オルナトを成敗した後もキャラたちの人生は続いていくので、続きはアナタの心の中で、なんて展開などない。
「嫌だなぁ……」
その言葉はぽつりと、無意識のうちに零れた。
何が嫌なのか、そんなのはもう明白だ。
今日は君が私の名を呼んだ記念日だとか、何かと理由をつけては引っついてくるエイドルース。
それを見てやれやれといった顏を見せるも、たまには俺のことも接待しろよと謎の王族強権を振りかざしてくるツヴァルト。
宝石のように綺麗な桃のタルトを頬張りながら、二人を煽り立てるルネリタ。
大喜びで友だちと遊ぶパトリ。
息子と一緒にブランコに乗るメリル。
泣きたくなるぐらいの幸せが、ここにはあった。皆の温かさに触れるたび、悲しませたくない、大切な人を奪いたくないという強い思いが身体の奥からどんどん募ってくる。
皆で幸せになる。
そのためにできることはないのかと、気づけば最善の解決策を探し始めてしまう自分がいた。
「リルゼム」
夜風に乗って届いた声に、リルゼムは顏を上げる。
視線の先にいたのはエイドルースだった。
「君の姿が見当たらないから心配したよ。こんなところでどうしたんだい?」
まだ夜は冷える季節だから風邪を引くよ、と持っていたブランケットを当たり前のようにリルゼムの肩にかけてくる。まるで恋人を心配するような行動にこそばゆかったが、打算も何もない純粋な優しさにふんわりと気持が柔らかくなった。
「ちょっと夜風にあたりながらボーッとしてただけですよ。ってか、見当たらなかったってことは、オレのこと探していたんですか?」
「ああ。ついさっき法院から連絡があってね。先日、私を襲おうとして君に怪我をさせた男が捕まったそうだよ」
「あの暴漢が?」
「ああ。私を狙った理由も分かったんだが、どうやら犯人は私が有罪判決を下した強盗傷害犯の家族らしくてね。判決が気にくわないからと法院に忍び込んで私を刺そうとしたようだ」
「そうだったんですね」
あの事件は単純な恨みによるものだった。真相が分かって、リルゼムは少しホッとした。
エイドルースを狙っていたと知って、オルナトの刺客かと心配していたからだ。
「捕まってよかったです」
「本当にね。これで君が危険な目に遭う可能性が一つ減ったから、私も安心だ」
「いやいや狙われたのは貴方でしょ? なんでオレの心配してるんです」
「私が恨まれるのはよくあることだからいいんだよ。でも君は違うだろう?」
「違うって……」
他人優先で自分をおざなりにする言葉に、リルゼムは胸の奥にチリチリ火花が走ったような感覚を覚える。
「今後、有罪判決を受けた被告やその家族の身辺を調査して、危険因子になりそうな人物がいないか判断する部署の新設も検討しているから、もう心配はいらないよ」
小さな火花は、すぐさま苛立ちに火をつけた。
「何言ってるんです?」
「え?」
「なんで人のことばかり、なんです?」
「リ、リルゼム?」
「その新しい部署っていうのは巡り巡って貴方を守るものになると思いますけど、その前に、なんで貴方は他人のことばかりで自分を大切にしないんですか? 恨まれるのがよくあることって、なんで簡単に言えるんですか!」
責め立てる口調で、矢継ぎ早に問いかける。
「ツヴァルト様が、貴方は優しすぎだと、他人に肩入れしすぎだと懸念されていましたが、今ならその気持ち分かります」
エイドルースは誰かのために、簡単に自分を犠牲にできる男だ。だからダークヒーローなんて手段を選択できてしまう。
「人に無茶するなって怒っておきながら、自分のことは平気で後回しにする。なんかそういうの…………むかつきます」
「リルゼム……」
エイドルースは眉を八の字にして、本当に困ったという様子で言葉を濁らせた。痛いところを突かれ、さらには直すつもりがない癖を指摘されて、どう言い訳をしようか考えているようだ。
この男はこういう男だ。多分リルゼムが何を言っても、エイドルースは心に秘めた信念を曲げない。
厄介で頑固な男だと溜息を吐いて閉じた瞼の裏に、ボロボロになりながらも周りのすべてを守って突き進むエイドルースの姿が浮かぶ。
──ああ、いやだ。
本当に嫌だ。
「……もういいです。貴方が自分を変えるつもりがないのなら、オレも自由にやらせてもらいますから」
当てにならないことは、さっさと掃き棄てる、とでも言わんばかりにさっぱりした顏で言ってやると、エイドルースはあからさまに動揺した顏を見せた。しかし、それを無視して話を進める。
「とりあえず、一つお願いがあるんですけど、聞いてもらえませんか?」
「願い?」
「エイドルースに迷惑はかけません。というより、むしろ貴方の願いを叶える形になるのかも?」
「ん? よくわからないが、私にできることなら……」
「言いましたね? その言葉に偽りはありませんね?」
「も、勿論」
ずいずいと距離を詰めてやると、エイドルースはたじろぎながらも頷いた。
言質を取ったリルゼムは、ニヤリと笑う。
「ならオレを──────法務部に入れて下さい」
数拍後、美しい月光が舞い降りる夜の庭園に、エイドルースの絶叫が響き、木霊を生んだ。
その時の顏といったら、イケメンに熱を上げた世の淑女たちが一斉に冷めるほどに滑稽で。
いつもエイドルースにしてやられてばかりだったリルゼムは、この時だけはと大いに笑ってやった。
1章 完
***
この話で1章終了となります。
2章からは事件モノがメインとなり、ラストまで突っ走る予定です。
書き終えましたら、また更新再開させていただきます。
またお付き合いいただけたら、嬉しいです。
ダークヒーロー側近の巧みなる生存戦略 神雛ジュン @kabina
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