第27話:宰相と書いてラスボスと読む


 皇女殿下の誕生会で刺繍作品の展示を許されている云々、の時点で気づくべきだった。

 今さら遅いが考えてみれば「婚姻が重要なもの」だとか「嫁ぎ先では模範となる存在にならないといけない」とか「今回のパーティが最後になる」など、会話の中に彼女が誰か示すヒントはたくさんあった。なのに、なぜ気づかなかったのか。しかもルネリタの父、つまりラーシャ国王から辞めろと言われていた刺繍を続けるきっかけも作ってしまった。


 ──これも不敬罪になるのかな。


 ルネリタは「お父様を説得してみせるわ」と鼻息荒く意気込んでいたが、彼女の決意を知った国王が激怒して「皇女を唆した者を処刑せよ!」なんてことになったらどうしようか。


 ──物語に関係ないところで死亡フラグバンバン立ててどうするんだよ! ああ……どうかラーシャ国王が寛大な方でありますように!


 

 ツヴァルトもルネリタも懐の深い人間だったから許してもらえたが、下手をすれば斬首どころか五体バラバラになっていてもおかしくはなかった。

 これではいつか本当に法廷の被告人席に座る羽目になる。もう少しどころか、もっと発言に慎重にならないと。そうリルゼムが自分に言い聞かせていると、不意に隣から不服そうな声が届いた。


「まさか、私が挨拶回りしているうちにリタと懇意の仲になっていたとはね」


 なぜか不貞腐れた様子のエイドルースだった。


「何トゲトゲしてるんです。会ったのは偶然だし、懇意というよりは彼女の心が広いだけでしょう。オレが裁判長と顔見知りだからルネリタ様も安心されたんだろうし」


 もしもリルゼムが誰との繋がりもないただの市民だったら、さすがにルネリタだって警戒したはずだ。


「顔見知りって、私はまだそのレベルなのかい? もうすでに君と私は親密……いや昵懇……違うな、懇ろな関係だと思っているのに」

「どんどん関係を粘っこくしていくのやめてください」


 すぐさま否定してやったリルゼムだが、そこでハッと気づく。この男は不倒翁おきあがりこぶしみたいに打たれ強すぎるから、このままではまた余計な無駄話に繋がってしまう。

 経験上、ここはさっさと別の話題に変えた方が得策だろうと、リルゼムは笑顔を向けた。


「それより、挨拶回りはもういいんですか?」

「ああ、大体終わったよ」

「ならそろそろ帰りましょうよ」


 場違いすぎる会場に、そろそろ本当に胃が痛くなってきたリルゼムが帰ってもいいかと聞こうとしたその時。

 視界に一人の男の姿が映った。


「っ……!」


 リルゼムは思わず会話も忘れ、この世の終わりでも見たかのように大きく瞳を見開いたまま言葉を失った。

 一瞬、本当に息が止まったかと思った。

 いや違う、止められたのかと思った。


 ──なんで……ここに……。


 長く美しい銀髪に、涼しげで整った顔立ち。淡く微笑みを浮かべる姿はなぜか妙齢の女性のようにも、麗しい青年のようにも見えて不思議な感覚を覚えた。

 だが彼は確か国王よりも年上で、年齢は四十五歳だったはず。けれどリルゼムの瞳に映る男の姿は、若返りの妙薬でも飲んだかと疑うほど若々しく、エイドルースと同級と言われても信じてしまうぐらいだ。

 しかし、今はそんなことよりも。


 ──どうしてオルナトが……。


 オルナト=ルノッティ。

 このラーシャ国の宰相にして王の次に権力を持つ男であり、漫画【闇の粛清者は徒花を手折り嗤う】のラスボス。人畜無害で慈悲深そうな印象を他者に抱かせつつ、周辺諸国の隷属化とこの国の玉座を狙う非情な男で、エイドルースの兄・ヨシュアを死に追いやった張本人でもある。

 まさか、こんなところで会うとは思わなかった。


「エイドルース」


 柔らかい声で呼ばれたエイドルースが振り向く。


「オルナト様? 驚きました、オルナト様も今夜のパーティーに参加されていたんですね」

「姫の誕生パーティーとあらば、何を差し置いても顔は出しませんと」


 言いながらオルナトがふわりと笑う。


「しかし姫ももう十六歳ですか。時が経つのは早いものですね。ついこの間まで赤ん坊だったのに」

「確かに。もう婚姻ができる歳になったなんて信じられません」


 二人には昔から交流があるのか、雑談する姿は傍からみると良好な関係のように見える。

 だが、それはまだエイドルースが真実を知らないから。

 

 ──いや違う、オルナトの面の皮が厚すぎるからだ。

 

 ヨシュアを死に追いやりながら平気な顔でエイドルースと会話ができるオルナトの異常さに、顏が無意識に引きつってしまう。



「──ああそうだ、オルナト様にも紹介させていただいてもよろしいですか?」

「もしかして、隣にいる彼のことかな?」

「ええ、彼はリルゼム。優秀な子で私の命の恩人でもあります」


 リルゼムがエイドルースを暴漢から守った話をすると、驚きの眼がこちらに向けられた。

 思わずぎょっと身を引いてしまう。


 ──なんでこっちに話を振るんだよ!


 話が終わってオルナトが消えるまで、物言わぬ置物でいたかったのに。


「命の恩人? それなら私からも感謝を伝えないといけませんね。リルゼム君でしたか? 我が国の宝であるエイドルースを守ってくれてありがとう。心から感謝します」


 言いながらオルナトが手を伸ばしてくる。リルゼムは緊張と恐怖を押し殺しながら同じように手を差し出すが、その指先は情けなくも震えていた。


「べつに……大したことは……」

「謙遜しなくてもいいんですよ。エイドルースが認めるほど優秀なら、きっと大きく活躍することでしょう。いつか一緒に仕事ができることを愉しみにしていますよ」

「が……がんばります」


 うまく返そうにも、口角を無理矢理上げることしかできなかった。多分、オルナトからは不自然な笑顔にしか見えないだろう。

 でもこれが今の精一杯だった。オルナトは「私に対して緊張なんてしなくてもいいんですよ」なんて微笑んできたが、原作を知る人間がそんなことできるはずがない。


 早くこの場から、この男の前から立ち去りたい。

 頭の中でその言葉だけががぐるぐる周り続け、やがて耐えられなくなったリルゼムは形式的な挨拶だけ終わらせると、酒が回ったから少し外の空気が吸いたいと言って早々にその場から離れた。



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