第21話:エイドルースの兄②
「唯一の家族、か……」
「どうしたんです?」
「いや、君の言葉でパトリの両親……私からすれば兄と義理の姉だが、二人のことを思い出してね」
頭の中に二人の姿を思い描いているのか、エイドルースの表情が少しだけ緩む。
しかし、それはすぐにまた暗く陰鬱なものに戻った。
「パトリの母親は出産直後に病を患い亡くなったんだが、父親のヨシュア……私の兄は三年前、突然自ら命のを絶ってね」
エイドルースの口から唐突に紡がれた言葉に、リルゼムは瞠目し固まった。まさかここでヨシュア=フォンダムの話が出てくるとは思わなかったからだ。
「私の兄は王立創薬研究所の主席研究員で、多くの薬を開発した優秀な人間でね。私の尊敬する人でもあったんだ」
有能なうえ温和な性格で面倒見もいい。ゆえに研究所の仲間だけでなく、国王からも信頼を寄せられる人格者だったとエイドルースは語る。
その話を、リルゼムは複雑な思いで聞いていた。
──なんで。
どうしてここでヨシュアのことを語るのだ。家族の自死なんて繊細な話、庶民のリルゼムになど聞かせるものではないはずなのに。
「兄の仕事が大変なのは知ってはいたが、傍目からは楽しそうだったし、毎日充実しているように見えてね。だから突然、遺書もなく命を絶つなんて信じられなかった」
それはまさに青天の霹靂だったと言う。
「だからかな、私は兄の死の裏に何か大きな秘密が隠されているような気がしてならないって……そう思えてね」
「な……んで、そう……思うんです?」
エイドルースに返した言葉は、いつの間にかカラカラになっていた喉のせいで情けないほどに上擦っていた。
「真面目な兄が仕事を半ばで放棄するなど考えらないし、何より溺愛する息子をあんな形で遺していくなんて……」
「あんな形?」
「………兄が命を絶った日、私は仕事で地方に出ていてね。だから兄の死を知るのが遅れてしまったんだ」
その頃はまだ裁判員の一人だったエイドルースは、地方で起こった殺人事件を調査するべく十日ほど都を離れていたという。その仕事の最中にヨシュアの訃報を聞いたエイドルースは、大急ぎで屋敷に戻ってきたそうだが。
「私が都に戻れたのは兄の死から四日経った後だったんだが、あとで聞いた話によると、パトリは三日間もたった一人で冷たくなった兄の隣にいたらしい」
「えっ?」
事件は仕事を無断欠席していることを知った同僚が、ヨシュアを心配し訪ねたことで発覚したという。三日間、誰もヨシュアの死に気づかなかったのは、ヨシュア自身が使用人に「仕事に集中したい」と語ったからだそうだ。
どうやらパトリは使用人たちに見つからないよう、こっそりと父親の部屋に入ったらしい。
「三日もお父さんの隣で……」
衝撃の事実に声が震えた。
当時のパトリはまだ三歳、到底人の死など理解できる年齢ではない。きっとパトリは父親がただ寝ているとばかり思っていたのだろう。いくら呼びかけても応えてくれない父親のそばにずっといたパトリの気持ちを想像すると、あまりの辛さに胸が締めつけられる
「私が知る兄なら絶対にそんなことはしないし、自死が本当でもそうしなければならなかった理由が必ずあるはずなんだ」
検死の結果も自死であると判断された。ゆえにその事実は噛み砕かなければならないのは理解しているものの、兄が理由も語らず死を選んだことだけは絶対に納得ができないと、エイドルースは辛そうに眉を顰め視線を落とす。
信じられない、信じたくない。
真実を知りたい。諦めたくない、諦めない。
強い決意を固めたかのような表情が、雄弁に語りかけてくる。
「裁判長は──」
無意識のうちに口が開いていた。
「裁判長はどうしたいんですか?」
「どうしたい……とは?」
「お兄さんの死が信じられないのは分かりました。それで、どうしたいんですか?」
「無論、真相を突き止めるつもりだよ。パトリのためにもね」
「どうやって?」
不思議と動揺は治まっていた。リルゼムは真意を射貫くように、まっすぐエイドルースを見つめる。するとそんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、エイドルースは少し驚いた素振りを見せた。
「どうやってって、それは最悪私の立場を利用してでも……」
「それでも真相に辿り着けなかったら?」
漫画で裁判長になっても、有力な情報を掴むことができなかった。機密書類を開示しようにもいつの間にかなくなっていたり、事情を聞こうとしたヨシュアの同僚らが突然退職して姿を消してしまったりと、まるで誰かに妨害でもされているかのように上手く事が進まない状況が続いた。
──【まるで】じゃなくて、【本当に】妨害されていたんだけどな。
エイドルースの邪魔をしたのは、謀反と周辺諸国の属国化を密かに計画しているこの国の宰相だ。ヨシュアの一件は宰相の謀計に深く関わっていたゆえ、情報を隠された。そのためいくら権力を駆使しても、漫画では真相に辿りつくことはできなかったのだ。
おそらく今のエイドルースも、同じような状況だろう。
「裁判長の手持ちのカードをすべて使ってもダメなら、その時はどうするんです?」
あたかも裏に何かあると言わんばかりの、思わせぶりな言葉に聞こえるかもしれない。こんなこと聞いたら危険だと、リルゼムの中でけたたましい警告音が鳴り響いている。けれどどうしても止められなかった。この世界のエイドルースも漫画と同じ道を辿るのか、未来のために知っておかなければならないからだ。
ごくりと息を呑みつつ、エイドルースを見つめる。
「それは……」
返答はなかなか戻ってこなかった。しかし視線を逸らしながら言い淀む様子を見てこの男が何を思っているのか、リルゼムには分かってしまった。
ああ、やはり。
彼の頭には粛清者になる未来が浮かんでいる。
「……だから裁判長と関わりたくないんです」
重苦しい沈黙の後、先に口を開いたのはリルゼムだった。
「オレには裁判長が目的のためならなんでもする……そんな人間に見えるんです」
「なんでもする、とは?」
「たとえば、突き進む道の途中で誰が巻き込まれようが構わない。死んだって構わないって」
「そんなことは!」
「じゃあもしお兄さんの件に裏があったとして、その真相を手に入れるために誰かが犠牲にならないとしたら、貴方は追究を諦められますか?」
究極の選択の時、どちらを選ぶのか。迫るように問うと、再びエイドルースが口籠った。
きっとエイドルースはここで答えを出すことはできない。明白な困惑と迷いを表情から読み取ったリルゼムは背を向けた。
「……別に裁判長が何をしようがオレは止めません。好きにしたらいいです。でもオレは貴方のために犠牲になるなんてごめんです」
そう言いきり、リルゼムは部屋に戻るための道を歩き出す。
その後をエイドルースが追ってくることはなかった
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