辺境伯家の追放事情・12
「今回の件の全貌は大体判明したよ」
孤児院の調査から二日後。屋敷の応接間で、スヴィアは兄のロカルトから事の顛末を聞かされていた。
「昨日の今日でとは、仕事が早いですね」
おそらく調査以前から様々な情報を集め、大方の予測は立てていたのだろう。相変わらず鼻に付く程の優秀さである。
「首謀者はやはりフテン神教国の枢機卿の一人。もう十年近く前から辺境伯領と迷宮の利権を狙っていたらしい。まぁその理由は権力闘争の一環だったみたいだね」
「巻き込まれる方はいい迷惑です」
名目上は神の代弁者たる聖教主を元首とするフテン神教国だが、実際の政治形態は枢機卿団と呼ばれる最高位の大司教達による合議制。聖教主はその議長といったところだ。
愛の女神を主神とし平和を謳う一方で、国内では常に権力闘争が繰り広げられておりその内情は他の国家と同等以上に闇深い。
「全くだ。キールとの接触は約三年前。初めこそ偶然だったようだけど、それ以降は自分達に都合の良いキールを当主に据えようと色々画策していたみたいだ」
「孤児院の地下、迷宮への抜け道については?」
「そもそもあの孤児院自体が、迷宮への抜け道のカモフラージュとして建てられたものだったらしい。ギルドを通さない依頼で冒険者に迷宮の穴を捜索させ、その上を狙って孤児院を建てたようだ」
「今回の事例が発生した以上、迷宮の穴もこれまでのように軽視は出来ませんね」
「あぁ、他に同じような箇所が無いかも含め十層まで、浅層と中層の大規模探索を行うと、父上が冒険者ギルドの支部長との会談で決定した」
「それで、穴の場所を洩らした冒険者は?ギルドを通さない依頼の受諾も、故意の迷宮内の情報漏洩も協定違反でしょう」
「犯人の特定と処分はギルドに一任するとのことだ。あちらにもメンツというものがあるからね」
「なるほど。メンツを立てる代わりに大規模探索への協力は冒険者ギルド側の負担、といったところですか」
国家を跨ぎ大陸に広く根を張る冒険者ギルドは一種の傭兵組合であると共に、冒険者から買い上げた様々な素材を扱う世界最大級の商会としての側面も持つ組織だ。
商人にとって契約と信頼は、組織の根幹を成す土台。協定を破った冒険者には厳しい沙汰が下されるだろう。
「あぁそういえば、孤児院の調査の際にスヴィア達が斃したシスターいただろう。あれ、魔法で創られた
思い出したようにロカルトが口にしたその話に、スヴィアは表情を顰める。
「つまり私達が交戦したのは、遠くから操られていた
シスター・アリアと呼ばれていた例の修道女は、ディーナ相手に互角とはいかないまでも防戦が可能な実力を有していた。
「あぁ、裏にいたのは人形使いと呼ばれる異端審問官らしい。詳しい情報はあの神父も知らなかったようだけど」
人形使いとやらがそれと同レベルの
「
「傍迷惑な連中だよね」
そんな時、コンコンと響いたノック音にスヴィアは席を立ち部屋の扉を開く。
「ロカルト様、スヴィアお嬢様、お話し合い中に失礼致します。旦那様がお呼びです。キール様の処遇についてお話があると」
部屋の前で頭を垂れていたメイドが、そうギュレンからの伝言を口にした。
「そうか、すぐに向おう。それにしても君、ふむ、後で少しお茶でも…「さっさと行きますよ、兄様」
そして執務室へと向かう途中、
「そう言えば兄様。孤児院の調査、キールがいることを想定して私を向かわせましたね」
スヴィアはふと思い出し兄へ文句を付ける。
「監視の兵を
そう話すロカルトだが、これは何か裏がある時の表情だ。
嘘ではないのだろうけど、私を動かした本当の目的は別にあるな。
とはいえ、問い詰めたところでそれを口にはしないだろう。
「何にせよ、そういうことは先に伝えておいて下さい」
スヴィアが溜息を吐くのと共に、ロカルトが執務室の扉をノックする。
「入れ」
扉を開けると、相変わらずのくたびれ顔に濃い隈を貼り付けたギュレンが、数枚の書類を手にデスクの背もたれに寄りかかっていた。
「まず二人共、流民街の件ご苦労だった。突然呼び立ててすまないな」
「いえ、それより父様、キールの件で話があると聞きましたが」
「あぁ、例のアモルア教徒に与していたこと、いくら辺境伯家の人間とはいえ看過出来ん。が、処断するにもアレの血筋もある。どうしたものか、お前達の意見も聞いておきたいと思ってな」
そんな問いに、
「処刑すべきかと」
ロカルトがゾッとする程に無機質な瞳でそう言い放った。
「もはやキールは辺境伯家にとって害でしかありません。孤児院の調査の時、キールはスヴィアを殺しに掛かったとも聞きます。あの時のスヴィアは私ひいては父上の名代、キールの行動はもはや辺境伯家当主への反逆です」
そこでスヴィアも合点がいく。
兄様が私を調査に向かわせた本当の理由はこっちか。
辺境伯家にとって廃嫡されたキールの存在は厄介そのものだ。血筋的にも性格的にも第三者が神輿として持ち上げるのに都合が良過ぎる。
ロカルトはいずれ自分が当主となる時のことも考え、アモルア教と纏めてキールも処理するつもりなのだろう。その大義名分の一つを作るためスヴィアを派遣した。そうすればキールが冷静ではいられないと考えて。
実際あの時のスヴィアが正式な辺境伯家当主の名代であったのなら、キールの行動は処刑するに足りうる。
まぁ当のスヴィアからすれば名代などという話は今初めて聞いた訳だが。
「兄様、殺すだなんて大袈裟です。馬鹿な弟に少し稽古を付けてやったに過ぎません」
「抜き身の剣で斬りかかられたと聞いたけど?」
「アレが持っていたのは刃を潰した、カタナ?とかいう武器です。それに実戦は命懸け、多少緊張感が無ければ稽古として意味が無いでしょう。信じられないのならディーナに聞いてみて下さい」
「…まぁスヴィアがそう言うのであれば、良いけれど。どちらにしろ、キールは生かしておくだけで辺境伯領にとって害となる。ここで処分してしまった方が良い」
「私は反対です。ロワール侯爵の甥にあたり王家の血も混じるキールを処刑など、下手をすれば中央との戦争に繋がりかねません」
何より、どんなに馬鹿で愚かであろうと共に育ってきた弟だ。死んで欲しいとは思わない。
「中央では政争が激化し、王家の求心力も低下している。戦争の余裕なんてないさ」
「しかし大きなわだかまりが残ります。メンツの問題が長く尾を引くのは兄様もよく知っているでしょう。可能性が低いとしても、リスクは避けるべきです。実の息子を処刑など、父様の外聞にも傷が付きかねません」
そんな二人のやり取りを黙って聞いていたギュレンが、目を瞑り少し何かを考えた後で結論を出した。
「ロカルトの意見は一理ある。が、スヴィアの言う通り争いの可能性は極力避けたい。処刑は無しだ」
「父上がそう判断なさるのであれば、私から言うことはありません」
その一声にロカルトも処刑の筋はあっさりと諦める。
「王家や公爵家が武力行使には出ないと断言できるラインはどのあたりだ」
「絶縁のうえ追放、といった所でしょう。スヴィアはどう思う?」
「私もそのあたりが落とし所かと」
公的に絶縁を宣言して辺境伯領への立ち入りを禁じてしまえば、キールを神輿として担ぐことは酷く難しいだろう。中央との溝は深まり関係も最悪となるだろうが、それでも戦争まで発展する可能性は限りなく低い。
「やはりそうなるか。取り急ぎ根回しをする必要があるな。ロカルト、アモルア教の問題はあとどのくらいで片を付けられる?」
「そうですね。流民街に残る残党の完全な排除に北部諸侯や中央との交渉、後始末まで含めれば三ヶ月といったところでしょうか」
「分かった、そちらは引き続きお前に一任する。私の名代として好きに振る舞え。迷宮の大規模探索に関してはスヴィア、お前に任せる。詳細はゲオルグに伝えてあるから、好きに使って構わない」
「承知致しました」
またしばらく迷宮漬けの生活が続くな。
スヴィアは内心でげんなりと溜息を吐いた。
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