金毘羅さんの帰還

三分堂 旅人(さんぶんどう たびと)

金毘羅さんの帰還

▢▢▢ 喪失と停滞 ▢▢▢ 


宮本清一みやもとせいいちは、かつて瀬戸内海を駆けた伝説の船乗りだった。しかし、最後の航海で激しい嵐に呑まれ、愛船「白波丸しらなみまる


小さな古道具店を営んでいたが、それは 「過去の記憶を並べる場所」 にすぎなかった。心は 「空の船倉せんそう」 のように乾ききっていた。


▢▢▢ 忘れられない夢「幻の島」▢▢▢ 


ある夕暮れ、古びた 航海図こうかいず を見つけた。それは、彼が命を懸けて探した 「幻の島」 への地図だった。


「幻の島」――そこには「 失ったすべてを取り戻せる場所 」という 伝説でんせつ があった。


しかし、嵐の夜、 白波丸と共に海へ消えた地図 だった。


なぜ今ここに? 不思議な胸騒ぎが清一を襲った。


▢▢▢ 神秘の呼び声 ▢▢▢ 


その夜、夢を見た。


満月が海を照らす中、波間から無数の 白蛇しろへび が現れた。

光るうろこが月明かりを反射しながら、静かに絡み合い、彼の足元に集まる。


そして風が囁くように告げた。


金毘羅こんぴらさんが呼んでいる……」


▢▢▢ 不可思議な兆し ▢▢▢ 


翌朝、目覚めると店の 風鈴ふうりん が一人でに鳴った。誰もいないはずの奥からだ。


足を踏み入れると、 舵輪だりん が埃をかぶって静かに置かれていた。それは間違いなく 白波丸の舵輪 だった。


沈んだはずのものが、なぜここに?


その時、 風が切り裂くような唄声 が聞こえてきた。


「こんぴらふねふね、を上げろ……」


▢▢▢ 最期の航海 ▢▢▢ 


不思議な力に導かれるように 舵輪だりん に手を伸ばした瞬間、視界がまばゆい光に包まれた。


次に目を開けると、清一は 波止場はとば に立っていた。


目の前には、黄金の帆を広げた 「白波丸」 が、嵐に散ったあの日のまま、 威風堂々いふうどうどう と停泊していた。


震える手を伸ばし、 かじ を握りしめる。


波の匂い。潮風のざらつき。風に舞う帆の響き――


「ただいま……」


清一の 目尻めじり が緩み、静かな 微笑ほほえみ が浮かんだ。それは 「人生のすべてを取り戻した」 かのような笑顔だった。


その ひとみ は海の果てを見据えていた。 「失ったすべて」 がそこに待っているようだった。


もう迷いはない。 白波丸 は力強く 荒波あらなみ を裂き、激しい海原へと進んでいった。


▢▢▢  命の継承 ▢▢▢ 


数日後、激しい あらし が高松港を襲った。


嵐が過ぎ去った朝、人々は奇妙な話を語り始めた。


「沖に黄金の帆を広げた船が見えた……」


そして港の片隅に、 誰が置いたとも知れない 古びた 金刀比羅宮ことひらぐうのお守り が潮風に吹かれて落ちていた。


その時、近くの町家から 赤ん坊の産声うぶごえ が力強く響き渡った――。


▢▢▢ 伝説の誕生 ▢▢▢


古道具店は 「宮本清一行方不明」 として廃業した。


だが、嵐の夜になると 白波丸の帆影ほかげ が沖に何度も目撃されたという。


その 船首せんしゅ には今も 金刀比羅宮のお守り が光を放ち続けている――。


▢▢▢ 金刀比羅宮のお守りの逸話 ▢▢▢

 

金刀比羅宮ことひらぐう は、古くから 「帰還の神」 として信仰されている。


特に 「航海のお守り」 は 「失われても必ず戻る」 と言い伝えられ、幾多の物語が残っている。


海に捧げられたお守りが 年月を越えて元の持ち主のもとに帰る のは、 「強い思い」 が 海を越えて運ばれる と信じられているからだ。


高松港では今も、古びた 舵輪だりん が潮風に吹かれ、静かに回り続けている。


誰もがそれを見て思うのだ――


「白波丸は今も航海を続けているのだろうか……」

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金毘羅さんの帰還 三分堂 旅人(さんぶんどう たびと) @Sanbundou

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