第31話 陽動

 命令だけ言った後ですぐにサミエラは席を立った。

「大変なことになりましたね。ハンス(バン)さん」

「今に始まったことじゃないよ。

彼女はだいたいこんな感じで大雑把な命令しかしてこない」


「…」

 沈黙が続いた。

そういえばバンと二人っきりは初めてだ。

というか今までまともに話したことがあったかどうか。


「そろそろ俺たちも出るぞ」

 食堂を出て山の方へと二人で歩いていた。

山の奥に大きな館が見えていた。

「あそこは標的がいる館だ」


 よく見ると多くの鎧をまとった帝国兵、そしてジョセーヌがいた。

「お二人さんさっきぶりですね」

「ジョセーヌさん、どうしてここに」

「ああ、実は急いで伝えなければならないことがあるからね。

ハンヌさんに聞いたら多分ここにいると聞いてね。

帝国はこの獣人自治区に戒厳令を敷いた。

急いで宿に戻るんだ。

処罰の対象になる」


「なんで急にそんなことが」

「森にいたまだ帝国に馴染んでいない獣人の脅威が理由だ」


 予想よりも動きが速い。

標的を殺す難易度は急に上がった。


 私たちはそれぞれ部屋に戻った。

別の部屋にいるから、バンと連絡が取れない。


 夜になった。

ランとシズクの二人は寝ている。


「久しぶりになる。ニョロだ」

 今回は私の頭に響くだけで姿を現さなかった。

「周囲に人がいるからね、今回はテレパシーで連絡している。

多数の帝国兵は森の獣人の掃討のために標的の館の周辺に集結している。

サミエラが言うには『どうにかこの兵たちを引きはがして標的のレーリエを暗殺するように』とのことだ」


 相変わらず無茶ぶりを言う。

「分かりました。では陽動は私がするので暗殺はバンがするように伝えておいてくれませんか?」

「分かった。伝えておくよ」



 今から決行するため部屋を出た。

ランが一瞬起きて聞いてきた。

「ソラ、どこ行くの?」

「トイレ、すぐ戻る」


急にグルグが死んだ時のことを思い出した。


 あんなに話していたのに。

あんなにいろいろ自分の夢や兄について考えていたのに。

死んだらすべて終わりなんだ。

それは、魔族だろうが人だろうが、ドワーフだろうが、獣人だろうが。


 おそらく今から多くの人たちを殺すことになる。

前回のエルフの集落の時みたいに間接的ではなく直接的に。

自分たちの都合のために他者の自由を奪うんだ。


 お母さんは多くの人を殺したと聞いた。

どういう気持ちでどういう考えをしていたんだろう。



 私は森へ向かっていた。

魔族は自分と系統が近い魔物を統率、操ることができる。

とはいっても私は今までやったことがないが。


 もう人の姿である必要がないので変身を解き、元の姿になった。

だが、自分の足の部分だけツインコーンに変化させた。

ツインコーンも生前お母さんが食ったことがある魔物だ。  

変化させたのは自分の中にあるツインコーンの特性をより濃くするためだ。


「森を壊す帝国に獣人たちに復讐しろ」

 あたりにいるツインコーンが一斉に動き出した。




 「報告です!再びツインコーンのスタンピートが起きています

作物があらされ、獣人たちにも被害が出ています」

「規模は」

「前回の2倍以上です!」


 魔物だけだと単純な生態系の動きに準じる。

前回は朝方にツインコーンが森から現れた。

原因はおそらく、生息地の減少により魔物の密度が大きくなり、

食料が得られなくなり人里に現れたということになっている。

 

 前回より多い?

前回ではかなり討伐したはずだが、なぜ多くなる?

ツインコーンの個体の中で統制をとる上位の魔物や魔族に進化したものがいるのか?

 いや、そういった進化がないように森の獣人が定期的に強くなっている個体を間引きしていると聞いていたが。

もしかして森の獣人がわざと進化するように見逃していたのか?


「私もすぐ行く。

君たち帝国兵もツインコーンの討伐に出向くように」

「いけません。ジョセーヌ様がここを離れては。

この館の主人を万全な体制で守るようにと言われています」

「いたずらに獣人たちに被害が及ぶことはよろしくない」

 ジョセーヌは急いで出ていった。




 森にいたツインコーンのほとんどを襲撃に回した。

今はこの静かな森にいるのは私ぐらいしかいない。

後はバンが任務を終えるまでずっとここで待っているだけ。


 私はただここにいるだけで、ツインコーンがバンが勝手に殺すだけ。

とても楽な仕事だ。


 急に風が騒がしくなった。

そして目の前に急に見たことがあるマントを被ったエルフがいる。

「母親の魔族ミラにすごく似ているわね。

はじめましてではないですよね」 


 そりゃあそうだ。

お母さんが殺された時も、この旅でもずっと会っていた。


 いきなり、ファイアボールを放った。

それも何度も。夜の森で視界が悪く、命中率が悪いため避けるのは簡単だがどんどん森に火が付く。

「久しぶりの再会を祝して。

演目を用意しているのだけどどうかしら」


 心なしかいつもより感情的に笑って見える。

「そんなにあなたは魔族が好きなの?」

「煽っているのかい?

大嫌いだよ。

私の両親はあんたたち魔族に殺されたからね。

それからはずっと、魔族を殺している」


 初耳だ。

あんだけ一緒にいたのに知らなかったなんて。


「奇遇ですね。

私も母親を人間に殺されたんですよね」

「そう。魔族もそういうのは気にするの?」


「お母さんのことは好きでしたよ。

私にやさしくしてくれて食事や世話をしてくれて。

とても私のためになりました」


 ジョセーヌはとても嫌悪するように私を見ていた。

「それを好きって言えるの。

人やエルフの愛するという感情とずいぶん違う気がするけど」

「そうなの?」

「自分にとっての損得でしか物事を考えられない。

さすが魔族だ。

自己中心的な考え方だ。

君にっとて、母親はどう見えていたの」


「どうって、いつも不思議だった。

自分より大きな存在が自分を育ててくれることが、いつまでこの生活が続くのか、母がいつも家を出ていく時、今日から帰ってこないんじゃないかといつも心配だった。

でも魔族からよく『君はお母さんに似ているね』と言われた。

それからは少し安心したんだ。

姿が似ているから私を育ててくれたんだって」


「どうやら感情が乏しいんだ。

君も君の母親も姿は少し人間に近い部分が、心は程遠いようだね。

私からはひどく歪んで見える」


 私から見たら彼女の方が歪んで見える。

自分の考え方でしか、他者の価値観を測れてないように見える。

「君だって自分の正義で、もともと森にいた獣人を虐げてもいいと考えている。

自分には亡くなった家族への愛情があって好き勝手に魔族を殺してもいいと考えている。私からしたら正義やら愛やら独善を言い換えた言葉遊びで他社の自由を奪っているようにしか見えない」


「君たちと一緒にするな。

君は母親を殺されたことに対する個人的な復讐心はあるのかい。

私や妹の傷ついた心と同じ感情が君にあるのかい。

独善だろうが信念を突き通して復習している私とただ人を殺しているお前と一緒にするな」


 さんざん好き放題言って再び攻撃を再開してきた。

私だって今の会話で何か自分の気持ちを、考えを言えそうな気がしていたのに。


 今度は炎に紛れて、ストーンバレットを放ってきた。

辺りが火で覆われて、逃げ場は空だけだ。

自分の翼を羽ばたかせて上え向かう。


 辺りの木々が邪魔をして正確に私に攻撃をできていない。

このまま離脱して…


「逃がさないよ」

そう言っていたジョセーヌが上空にいた。


 風魔法で浮遊しているのか。

かなり魔法の操作の精密さが必要だと思うが。

再びストーンバレットを放つ。


 腕をかすめただけだが、逃げるために燃えた森の中を低空で飛ぶしかなかった。

「サイクロン」


 ジョセーヌが唱えた瞬間、森全体を覆うほどの巨大な竜巻が襲った。

火の竜巻が私の全身を覆ていた。


 左半身のほとんどが火傷状態だ。

飛ぶことも移動することもできない。


「ずいぶん周りに被害が出そうなことするじゃない」

 「君は特別だよ。なんせあの虐殺者の娘だから丁重にもてなさないと」

また私めがけてストーンバレットの魔法を放とうとしている。


 とその時、ジョセーヌが大きな二足歩行の狼の姿に変化したバンに襲われた。

すぐ避けられたが。

「すまない。遅くなった」

「首尾は?」

「暗殺対象を殺すことはできなかった。すまない」


「何回謝るの?目の前に集中して」


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