第12話 旅立ち
目覚めると、筒状の狭いカプセルの中だった。
これって治療カプセルってやつなのかな?
使ったことないからわからないけど。
ほどなく、覗き込んできた金髪のメイドさんが操作したらしく、カプセルから出ることができた。
渡された着替えを着込みながら、重力は0.1Gくらいなのに気が付いた。
良かった、微重力じゃないとつぶれちゃうからな。
「どこまで覚えていらっしゃいますか?」
「全然覚えてないですし、ここがどこかもわかりません。」
でも、この人たぶんナヴィさんじゃない?
そう思っていたら、自己紹介された。
やっぱしナヴィさんだった。
カーテシーをするナヴィさんはなぜかメイド服だった。
クラシックスタイルの落ち着いたデザインだったし、よく似合っているけど、なんでメイド服なんだろう?
ドリンクを渡されたので、チューブを延ばして飲み込む。
ちょっとポカリに似ている味だ。
無重力だとコツがいるんだけど、微妙でも重力があると飲み込みやすいね。
「それでは、あれからどうなったか説明しますね。」
話によると、危機一髪と言うところで、ナヴィさんを迎えに来ていた機械知性共同体の船が海賊を撃沈したらしい。
「予想より遅かったので腹が立ちました。」
とか言ってるけど、「遭難している仲間を迎えに行ったら海賊に襲われてた。」となれば、様子見するのもわかる気がするんだよね。
やっぱり、だまし討ち気味に、身内を賊の討伐に利用するのはよろしくないことだったんじゃないかな?
俺とナヴィさんはすぐに機械知性の船に保護され、治療が施されることになった。
ナヴィさんの入っていたカプセルに損傷はなかったようだけど、そもそも生体組織がぼろぼろの状態だったので治療と言うか載せ替えを行ったらしい。
「そちらの方が回復は早いのですが、微調整に時間がかかります。」
「そう言うもんなんだね。」
なお、俺の方はいくつかの破片が刺さってたみたいで危なかったみたい。
ナヴィさんがいつものハンドボール型のドローンで宇宙服の空気漏れを防いでくれたみたいだけど、失血と打撲と骨折と…色々合わせて重体であったとか。
あのハンドボール型の端末って思ったより器用なことできたんだね。
移動とおしゃべりしかできないと思ってたよ。
機械知性の共同体はナヴィさんのように生体組織を主としたアンドロイドも多い。
そのため、人間にも流用できる治療設備が整っていたのは運がよかったみたい。
それでも、平均的な子供に比べて多くの治療期間がかかったのは素の体が弱っていたのも原因らしい。
「そちらの根本的な治療はここではできませんでした。」
後でやることになるのでご注意ください。とか言われてもな。
高額そうな治療費に今から慄いていたりする。
俺が治療を受けている間に、契約違反で業者を訴えて戦闘用ロボットを会社に乗り込ませたらしい。
捕縛した業者の責任者と担当者は、借金を抱えて奴隷落ちとなったとか。
この時の慰謝料には損害を受けた船の修理代なども乗せてがっつりとむしり取ったらしい。
相手がいる以上、自己破産でなかったことにはならないそうで、借金奴隷の借金にこれが上乗せされているのだとか。
法的なことは全然わからないけど、全部対応してもらって助かりました。
今は機械知性の共同体が管理する星系に向かって移動しているところだとか?
「それじゃぁ、ナヴィさんとの契約もこれで完了になるのかな?」
「そうですね。お互いに安全な別の星系に逃げ出すまでの契約でしたね。」
短い期間だったし、ナヴィさんは俺の中ではハンドボールだったけど、別れと言うのはさみしいね。
どっぷりと依存していたし。
「お金は山分けにして、最初にナヴィさんから借りていたお金を返却する感じになるのかな?」
「はい。そうなります。でも、せっかくなので私をこのまま雇いませんか?」
ナヴィさんはそもそも家庭教師をしているくらいなので、船に乗って宇宙で商売に精を出すのは嫌なんじゃないかな?とか思ってたんだけど。違うの?
驚いて聞いてみると、教師がいいと言う訳でもないらしい。
機械知性のとって、データである知識を教えるとかは誰でもできる簡単な作業らしい。
機械知性が本来求めるお仕事とは、主人がいてその主人をどっぷりと依存させてダメ人間にしてひたすら面倒を見るのが最高なのだとか?
「なんか、性癖がちらりと顔を出した気がするけど。」
「お嫌いですか?」
「いや、嫌いではないんだけどね。」
機械知性って業が深すぎでは?
早く決めないと、他の機械知性にご主人様がばれて壮絶な取り合いになるらしい。
「なんかダメ人間と罵倒されている気分。」
「お嫌いですか?」
「さすがにそんな性癖はないので。」
「大丈夫です。」
なにが大丈夫なのかさっぱりわからんが、奪われてたまるかと急ぐ彼女とさっさと主従契約を結ぶことになった。
主従契約とかナヴィさんが言っていたが、一般的な従業員の契約である。
ほっとした表情のナヴィさんに確認をすると、ワープは終わっていて、交易コロニーに向かって超高速航行中のようだ。
到着後は公的機関で手続きを終わらせて、船を降りることになるらしい。
なお、ナヴィさんを処分しようとした下級貴族は、機械知性の共同体から膨大な損害賠償の裁判をかけられて没落待ったなしなんだって。
そのお金の1割がナヴィさんにも入るのだとか?
残りの9割は救出料金やボディの修理費や裁判費用になるのだとか?
この手のトラブルは比較的多いらしく、システマチックにサクサク対応されてしまうらしい。
そんなリスクがある家庭教師を受けざるを得なかったナヴィさんは、仕事なくて生活苦しかったんだろうか?
「小さな子に思う存分教育できるとか、ものすごい争奪戦になります。」
「さいですか。」
機械知性って業が深すぎでは?
ちなみに、教育した子は機械知性シンパの孤児院で再教育を施され、機械知性寄りの考えに染まった大人として独り立ちするらしい。
その生存戦略がえぐいね。
そのくらいじゃなきゃ広い宇宙では生きていけないかな?
辺境の小惑星帯で水屋さんとして始まった今世だけど、やっとまともなスタートを切れる位置まで盛り返せたかもしれない。
「その前にご主人様の治療と生体強化です。これで受け取るお金の半分は消えます。」
「健康はいつの時代でも高いのね。」
借金スタートにならなさそうなだけ、マシだと思おう。
知識チートもスキルも無い遥かな未来で俺は第一歩を踏み出した。
でかい宇宙戦に乗って銀河を股にかけた大冒険が始まると良いなぁ。
ちなみに医務室から出る一歩目で、1Gにつぶれて起き上がれませんでした。
ちょっナヴィさん、なんで俺が困ってるとたまらなくうれしそうなのさ。
大冒険の始まりはまだまだ先になりそうだ。
小惑星の水屋さん 新木笹 @shinbeat
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