小さな指輪

@okomenotaruto

小さな指輪

 とある町に、若いサラリーマンが一人で暮らしていた。社会人としての生活を始めてもう8年目、30歳の男の平日は朝9時に会社へ出勤し、夜8時に帰宅する。一人暮らしをして不規則な生活に慣れすぎた男は、栄養のバランスや食事の味に気を配る気力もないので夕食はいつもコンビニで買ってきた弁当。週末になると、彼は昼過ぎからビールを片手にテレビの前に座り込む。趣味らしい趣味もなく、何かに熱中する時間よりもぼんやりと過ごす時間の方が多かった。気軽に誘える友人もおらず、家族との仲も疎遠になっていた彼の生活は、ただ淡々と過ぎていく。そんな日々の中で、男は時折、孤独を感じていた。

 そんなある日、会社に出勤する道で、人目に付かないところに怪しい看板があるのを見つけた。その看板には、「この指輪をはめると10年後の未来を見ることが出来ます。料金は5万円。購入手続きが終わりしだい、郵送で送らせていただきます。郵送先のご住所は下記に記載されているメールアドレスに送ってください。」と書いてあった。その看板の前には少し小さめサイズの指輪と振込先の口座番号の紙が置いてあった。あまりに胡散臭すぎる内容に、こんなもの誰が買うのかと心の中で笑ってそのまま出勤した。仕事終わりの帰り道、今朝みた看板と指輪は変わらずそこにあった。今日は給料日ということもあり、ちょっとした好奇心からその指輪を買ってしまった。口座に振り込みをして住所をメールに送信した後、2日後に自宅に指輪が届いた。説明書を見ると、「この指輪は小さく特殊な指輪なので、小指の先にはめてください。」と書いてあった。残りの詳しい説明も見ずに、軽い気持ちで彼はその指輪をはめてしまった。

その指輪をはめた途端、視界が一気に真っ暗になり、気が付くとどこかの葬式会場にいた。その葬式会場には自分の高校の頃の同級生や中学で一緒だった顔見知りがいた。話かけても反応はない。自分の姿は誰にも見えていないと男は気付いた。誰の葬式だろうと気になった男は、遺影の写真をみてゾッとした。遺影に写っていた写真には自分の顔が写っていた。両親は涙を流して泣いていた。自分がなぜ死んだのか気になり、葬式に来ていた人たちの会話を盗み聞きしていると、死因は焼身自殺だと分かった。

 自分が自殺した肝心の原因は結局わからずモヤモヤしていると、いきなり視界が真っ暗になって気が付くと自宅のベッドに横になっていて現実の世界に戻ってしまっていた。いつもと変わらない部屋の風景に夢でも見たのかと思ったが、外した指輪はしっかり手が握っていて、軽い気持ちでこんなものを買わなければよかったと深く後悔した。足元に落ちていた説明書が目に入り、そこには「未来の変更はできませんので未来を見るかは自己責任でお願いします」と書いてあった。あまりに衝撃的な未来とその変更はできないことを知ってしまった男は、怖くなって、指輪と説明書をすぐに処分して、どうせ誰かのいたずらで、悪い夢でも見たのだと思って忘れることにした。

10年後、自宅で焼身自殺したサラリーマンの40歳男性のニュースが世間で話題となった。男性の働いていた職場の人によると、事件の1年前から仕事を急に休むようになり、「死にたくない…」などの独り言を頻繁に口にしていたという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小さな指輪 @okomenotaruto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る