哀れな令嬢の話

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第1話

私は帝都から遠く離れた辺境の炭鉱街に住んでいる。


山の裾にへばりつく様に作られた石組みの街は日があるうちは


周囲の青い山々に溶け込んでしまいそうなほどひっそりとしている。


しかし夜になりカンテラに明かりが灯されると昼間の静寂が


嘘かのように煌びやかで騒がしくなるのだ。


炭鉱から帰ってきた屈強な男たちを迎えるために商売女は美しく着飾り


酒場は酒をこれでもかと用意する。


特に街には二つの大きな通りがありそれが交差する中央広場には町中の人間が


集まっているのではないかと思えるほど大変な賑わいである。


そこかしこにテーブルが設置され男たちと商売女が騒いでいる中、彼を見つけた。


彼は数年前にここへ来た私よりいくつか年が上の若い男である、大体ここに流れ着く者は野卑た者ばかりであるが彼はそういったところがなくむしろその瞳は理性を宿す

精悍な顔つきをしていた。


大柄で筋肉質な体つきではあるが物腰は柔らかくその顔も相まって一躍商売女の中で噂になったものだ。


彼は鉱山で働くことになった、彼に嫉妬する男が多い中どうなることやらとおもったが男に好かれる魅力も持ち合わせていたようであっという間に鉱山衆のリーダー格となっていた。


彼の席にひっきりなしに老若男女が訪れ彼はそれに笑みを見浮かべて対応する、いつもの光景だ。


私が近寄って挨拶をする彼は少し困ったような笑みを浮かべた。


そんな顔をさせたくないのだけれど、でも彼がそのような特別な顔を私に見せてくれるという事に胸が高鳴る。


彼が困っている訳は分かっている、私は彼に好意を寄せているが彼には愛する女がいる。


断ればいいものだがしかし私はこの町を統治する代官の娘だ、下手なことはできない。


私はそれにかこつけて彼に甘える、嫌な女だと自分でも思う。


しかし夜も眠れぬ程の恋慕は私の自制心を簡単に取り払ってしまう、少しだけでもいい彼と話したい。


彼は困りながらも律義に会話に付き合ってくれる、彼との会話は楽しい知識に富み所々に含まれる冗談には品がある。


きっと彼は帝都から来た貴族とか学者の子弟なのだろう、そして見初められた私はいつしか帝都に行くのだ。


そんな楽しい時間も少しで終わった、鈴の鳴るような透き通った声が彼の名前を呼ぶ。


振り返るとこの町一番の商売女、いや元商売女がいた。


濡れたような美しい黒い髪に整った顔、豊満な胸と臀部は男の欲を掴んで離さないだろう。


彼は女にすぐ行くよと言い私に中座する旨を伝える。


去っていく彼らの後姿を見る、女を見る彼の横顔は私には見せることのない優しい顔をしていた。


年が明けて春が来たら式を挙げるのだという。


何故私ではないのか、遅かったのだ優しく声を掛けてくれるあの人を好きになったときには既に隣にあの女がいたのだ。


ここにいる意味は無くなった、家路をとぼとぼと歩く。


彼は気づいているのだろうか、父にねだって帝都から取り寄せた香油で髪の手入れをし会う前には必ず湯あみをしている化粧品だって良いものを使い、笑顔だって絶やしていない。


気に入られるように精一杯努力しているのに、なんでわかってくれないのかしら。


家に着き家令に出迎えられると同時に小言を言われた、また夜中に出歩いてお父様に叱られますよ。


家令なりの諫めと慰めの言葉、この家で私に関心のあるものなどいない。


父は私に物を与えとけばそれで充分とすら思っているだろう、私を見てくれたのはあの人だけ。


寝室の化粧台に座る、波打ったくすんだ金色の髪は艶やかというより香油の付けすぎでギトギトしていた。


釣り上がった目は顔の印象を悪くし、加えて頬骨に浮かぶそばかすが田舎者らしさを強調している。


体は全体的に肉がなく胸に至っては下着を着用する事が悲しいほどであった。


なんで私はこんなにも可愛くないのだろう、なぜ美しく生んでくれなかったのだろう。


どうしてこれほど差があるのだろう。


あの女と自身を比較する度に解消のしようのない怒りと嫉妬が私の心を変容させ心まで醜くなる。


のそのそとベッドに潜り込む今日もあの人を想い眠れない夜を過ごすのだ。


意味を成さない妄想と期待が頭の中で過ぎては繰り返される。


私はこれほど思い悩んでいるのに彼はそのことに気づくことはない、気づいてほしい。


心を知ってほしい、彼の心を知りたい。


いや、知ってどうするのか分かったところで彼は春には結婚するのだ。


彼らは幸せになるだろう街の人々はきっと祝福するだろう。


皆笑顔だろう。


誰も私を顧みる人はいないだろう。


壊れそうなほど悲しくなり私は今日も涙を流した。




今年の冬は厳しい寒さが続いた。


街から遠く見る雄大な山脈は私たちに寒さと風を与えるが雪は遠ざけてくれた。


しかし例年と違って雪の降る日が続き街は白く高く覆われて通りに出ることさえ困難であった。


私は安堵した彼に会いに行かなくて済んだからだ。


彼にまつわるどのような感情も食傷のように私を蝕んでいた、諦念は顔を俯かせ口を開けば卑屈が漏れる。


寝たきりになり吐息ですら腐っているかのようであった。


家族は私を腫物から存在しない物として扱うことにしたのか話しかけられることもなくなった。


少しばかり残っていた私の理性は彼を諦めることが最適だと諭している。


年が明け風は穏やかになり太陽の光が温かく感じるようになってきたころ、固まった雪が少しずつ解けるように私の心も徐々に復調してきた。


結果的に彼を諦めて見ないことが良い方向に働いた。


ここまでくると彼の存在が真の原因だったのだろうと考え、ふと自身の恥知らずな考えにクスリと笑った。


勝手に好きになり勝手に病んだのは私だ。


動けるようになったものだから久しぶりに街に出掛けることにした。


まだ空気はひんやりとしているもののが春の兆しが感じられ空は青く高く澄んでいた。


出かけてすぐに目についたのは至る所の建屋が大なり小なり傷んでいることであった、雪のせいだろうか。


通りで地面の凍った雪を砕いていた雑貨屋の主人に話を聞くと先の大雪で屋根が耐えられず崩れ落ちてしまった家もあったようだ。


その日は彼に会うことはなかった。


次の日夜の街でも彼は現れなかった、別に意図して探しているわけではない。


その次の日もいない、酒屋の店主に彼のことを尋ねると住んでいた鉱山宿舎が大雪で屋根が崩れてその下敷きになり彼と女は怪我を負ったようだ。


そしてつい先日女はその怪我がもとで亡くなってしまったとのこと。


店主はもうすぐ夫婦になれたのに可哀そうなことだと言い私はそれにええと同意した。


私は、私は内から溢れる昏い喜びを抑えることができなかった。


手淫とは比べ物にならないほどの快感が下腹部から脳へ駆ける。


動悸が凄まじい、顔に出ていないだろうか。


店主に礼を言って踵を返し足早に家路を歩く。


死んだ!あの女が死んだ!私の席が空いた!


まず明日は朝早くに起きて湯浴みをして髪を整えて化粧をして彼の家に行こう、見舞いの品を持って。


彼は礼を言うだろう、そうしたら甲斐甲斐しく彼の世話をするのだ。


彼は断るだろう、断られたっていい。


しつこく毎日毎日押しかけて世話を焼いて、あの女が居なくなった彼の心の隙間を私で埋めてしまうのだ。


ああそうだ手料理を持っていこう庶民では料理ができることがいい女の条件だと聞く、うんそうしよう。


私は作ったことなどないがコックに作らせればよい。


それに服も毎日変えよう、ただ派手なのはいけない彼の今の気持ちに寄り添えるように落ち着いた色のものにしなければ。


ああでも衣裳箪笥にずっとしまい込んだままだから少しかび臭いかもしれない帰ったらすぐに手入れをさせないと。


ああ、ああなんてことでしょう。


こんな幸運が訪れるなんて神様は憐れな私をずっと見てくれていたのね。


心から感謝します神様。


寝室に着くと自然と鼻歌が漏れる、上機嫌で明日の手配を済ませてベッドに入った。


明日彼に会う、そうしていつか彼と結婚できる。


なんて素晴らしいのかしら!


ああ、久しぶりに安眠できそう。



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哀れな令嬢の話 aaaaaaaaaaa @sakuraidayo

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