第4話【騎士と温泉(後)】

「女騎士には勝てなかったよ・・・」


白目を剥いたままオークはうわ言のように呟いた。

自分が突っ込んだ勢いを利用したカウンターを決められ、顔面に盾がめり込んだ。

鼻血を噴いて仰向けに倒れた自分に、さらに盾を下にして全体重を乗せたボディプレスで追撃してくる。


鬼か、こいつ!


「口ほどにもないな。ーーなにか奥の手でも隠しているのか?」


怪訝そうに辺りを見渡しながら女騎士が呟く。


「まったク、なにやってるんだヨ。大将」


轟音を聞きつけたボーンウォーカーがひょっこり顔を出す。女騎士は剣を引き抜くと、ぴたりとオークの首筋にあてる。


「誰だ?」


ぶひぃと情けない悲鳴をあげるオークを見て、ボーンウォーカーはやれやれと肩をすくめた。


「しょうのないご主人様ダ」


荷物を地面に置き、両手を上にあげて戦意のなさをアピールする。

自慢じゃないが俺は相手が子供でも負ける自信があるからな。


「ここはダンジョン温泉。湯治場サ」

「ダンジョン、温泉?」


首を傾げる女騎士にボーンウォーカーは、かいつまんでこの1ヶ月に起こった事を説明する。


ダンジョンの事、勇者を名乗る老人とのいさかい、助かる代わりの条件など。

女騎士はただ黙ってそれを聞いていた。


もう儂を知っとるやつなぞおらんよ、と勇者は自嘲していたが「あの伝説にうたわれるお方が認めたダンジョン、だと?」と意外にも知っている風な反応を女騎士は見せた。


「にわかには信じられんな」

「そりゃそうだよナ」


どうしたものかとボーンウォーカーが思案していると女騎士は自ら意外な提案をしてきた。


「ーーだが勇者殿が隠遁されているのもこの辺りと聞く。魔物がそんな情報知るはずもない、か。ならば私を認めさせてみろ」


ロープを持ってこいという要求にボーンウォーカーは塀を作るのに使用した荒縄を渡す。

女騎士は剣を地面に突き立てると荒縄でオークをす巻きにしていく。


「どうすんだー!?ボーン!」

「じいさんがいつ来るかわかんないんだシ、自分たちでどうにかするしかないだロ。少し考えるから時間くレー!」


顎骨に手を当てて思案する。

女騎士がおもむろに兜を脱ぐと白金の髪に美しい顔があらわになる。大量の汗が玉のような肌を伝う姿はまるで芸術品のようだ。


(といっても俺に出来る事なんザ、たかが知れてるからなァ)


温泉とか、温泉とか、温泉とかぐらいしか思いつかん。ふと女騎士がもぞもぞと鎧の隙間から身体をかく姿を見てぴんと閃く。


(ふ厶。もしそうなら新しく作った湯が役に立つ、カ?)


扉を開けて塀の内側に案内する。

楕円形の湯船が2つ。

依然と違いあれから改良を加え、大小様々な岩で綺麗に整地された湯船は風情があるだけでなく入りやすさも向上している。

片方は無色透明だが、もう片方は黄金色だ。

むわりと温泉の湯気が女騎士の顔をなでると硫黄の独特の匂いに顔をしかめた。


「うっ、なんだこの匂い!」

「温泉サ。透明な方は勇者殿御用達の塩化物泉、そしてあんたに勧めるのこっちの硫黄泉ダ!」

「は、入っているのか?これに、勇者殿が?」


入り慣れていないならたしかにこの匂いにはビビるよなぁと考えたボーンウォーカーは、おもむろにす巻きされたオークを引っ掴むと温泉に放り込んだ。


「ぶぶ、ぶひっひぃ!!」


黄金色の湯の中でイモムシのようにくねくねと動きながらオークは必死に上がってくる。


「こ、ここ殺す気かぁ!!」

「はっはァ。な、大丈夫だロ?」


女騎士はごくりと生唾を飲む。

普通に考えればダンジョンで、魔物の前で、風呂に入るなどあり得ない。


だが1週間風呂に入ってないのだ。


そして目の前には嗅ぎ慣れない匂いをしているが、こんこんと湧き出るたっぷりのお湯。


「タオルはこれを使ってくレ」


夜なべして編んだんだぜ?とボーンウォーカーはドヤりながら麻のタオルを差し出す。


「じいさん以外で初めてのお客さんダ。ーーーこいつも使われれば本望だロ」


小さくいびつな形の石鹸を取り出すと女騎士に手渡す。それは石鹸だった。


「俺が生前つくった石鹸。その最後の欠片サ」

「そ、そうか。しかし魔物の施しを受けるなぞ・・・」

「そうカ?」


ならしょうがないと石鹸を引っ込めようとすると、しゅば!と女騎士は奪い取るように石鹸を手にした。


「だ、だが!騎士として善意の施しを無下に断るのはいかんな!そう、騎士として!!」

「そうカ?ならゆっくり浸かってくれよナ。いくぞご主人」


据え膳がぁ!と叫ぶオークをボーンウォーカーが引きずって塀の外へと連れ出していった。


あぁ、どうかしている。

ダンジョンなのに、魔物が近くにいるのに。鎧を脱ぐ手を止められない。


一糸まとわぬ姿になると、たっぷりの熱い湯を頭からかぶる。

しびれるような熱に身体が歓喜の声をあげた。嗅ぎ慣れてくると独特の匂いもしだいに気にならないようになっていく。


石鹸で身体をこすると泡と一緒に面白いように垢が出てくる。疲労も一緒にこそぎ落ちて行くようだ。


泡を流し終えると茶色みがかった湯船におそるおそる足先からつかる。


1週間ぶりの風呂に脳天まで痺れるような感覚が襲ってくる。

気温の暑さとは違う熱さに血流がぐんぐん増していくのが分かる。


じんわりと汗が頬を伝う。

同じ汗なのにどうしてお湯に浸かってかく汗はこう気持ちよいのか・・・。


それに石鹸のおかげなのか温泉の力なのかは分からないが、あれだけ悩ませていた身体の痒みがすっと引いていくのが分かる。


「あふぅ」

「隊長!ご無事ですか!?」


なかなか帰って来ないアンゼリカを心配した副官が踏み込んできたのと、彼女の喉からだらしない声が漏れるのは同時だった。




その後、ほくほく顔で山を下りた2人から異臭がすると部下達に騒がれる事になるのだがそれはまた別の話。

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ダンジョン温泉 小塩五十雄 @OSIOISO

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