第3話【騎士と温泉(前)】

オルレン聖王国は歴史の浅い国だ。


前身となる国は人魔戦争で滅びの危機に陥ったさい、保身に走った王族と貴族のほとんどが財をかき集めて逃げ出し国としての機能を失ってしまった。


残された人々は逃げ場もなく、ただ死を待つしかなかった。


そんな魔物の大群が迫る王都に、輝くような金髪の少女と有角の白馬が現れた。

少女は瞬く間に残された人々をまとめ上げると、先陣をきって押し寄せる魔物の大群と戦いこれを退けた。

勇者の尽力により人魔戦争が終結してからは人々に推されて少女は君主となり、国名をオルレン聖王国に改め彼女は善政を敷いた。


そんな国の起こりゆえ聖王国は女性の騎士を積極的に重用している。


他国で女性騎士といえば王侯貴族の子女のお遊びでしかない。

しかし聖王国の女性騎士は《オルレンの女騎士》と呼ばれ、高い実力と経験を兼ね備えた傑物としてその名を轟かせていた。

そんな聖王国の王城にある報告が届いたのが始まりだった。


とある村でユニコーンを見たという話を聞いた、と。


こういう話はたいていは報奨欲しさのでまかせがほとんどだが、ユニコーンは国の聖獣だ。

たとえその話がうさんくさくても捨て置くわけにいかないのだ。


事実確認のため国一番と称される女騎士アンゼリカと、その隊は国境沿いの辺境に来ていた。

話の出所である村で話を聞くと意外や意外、複数人が口を揃えて「角の生えた馬を見た」と言うのだ。


ならばとアンゼリカ隊は野山の探索を始めた。

1週間に及ぶ地道な探索が続き、ついに居所と思われる場所を特定したのだった。


伝承ではユニコーンは清らかな乙女としか会わないという。

アンゼリカは部下を野営地に残し、副官の女騎士と2人で山に踏み入ったのだがーーー。


輓獣ばんじゅうの真似事をさせてすまんな」


アンゼリカは愛馬を優しく撫でながら山道を下っていた。

木と枝で作られた即席の荷台にはバイコーンの死体が載せられている。


バイコーン。

黒い体毛に紫の瞳。ねじくれた2本の角を生やした馬の魔物だ。

確かにこれは〈角の生えた馬〉だ。


「まさかバイコーンとは・・・。とんだ遠征になってしまいましたね」

「そう言うな。これで無辜の民が傷付かずに済んだんだ。それで良しとしよう」


2人は苦笑しながら山を降りていく。


(ーーもう春か)


日差しは柔らかいが確実にその熱量は増して来ている。

オルレンの女騎士が装備する全身鎧はワイバーン素材で作られた特注品だ。

鉄より硬いが鉄より軽い鱗、驚くほど柔軟で強靭な革、ともに鎧の素材としてうってつけだ。


だが蒸れる。

とにかく蒸れる。

とんでもなく蒸れる。


うららかな春の日差しで温められた鎧の下は汗でとんでもない事になっていた。

春から夏にかけての季節は騎士にとってまさに地獄で、あせもと水虫は騎士とは切っても切れない間柄だ。

そしてこの1週間は野営と探索の繰り返し・・・。すでに我慢の限界だった。


「ーーー風呂に、入りたい!」


切実な叫びが漏れ出る。

副官の女騎士もうんうんと激しく頷いて同意する。

お飾りの女騎士と違い彼女達は一流の騎士だ。野営などお手の物だが、さすがに1週間連続の野営と探索には堪えていた。


タオルで身体を拭いて我慢するのにも限界がある。


だからといって湯浴み用のお湯といった任務に必要のない贅沢品を部下に作らせるなぞ、アンゼリカの騎士としてのプライドが許さなかった。


荷物を引く馬が通れるような場所を探し、縫うようにジグザクと山を下っていくと開けた場所にでた。


土がむき出しの広場。

その山肌にはぽっかりと洞窟が口を開けている。内からは異質なマナが漂ってくるのを感じた。


「ーーもしや、ダンジョンか?」


振り返ると山の麓に村が見える。

どうやらユニコーンの情報を聞いた村とは違うようだ。


「様子を見に行く。あなたはここで待機と警戒を」

「お一人で潜られるのですか?」


村も近いしなと告げると副官は怪訝な顔をした。


「あそこは隣国の村では?」

「それは見捨てる理由にはならんよ」


その言葉に恥じ入るように副官は頭をさげた。


「なに少し様子を見るだけだ。心配するな」


慎重に中に踏み入る。

漂うマナはそれほど多くない。規模はかなり小さそうだ。

ぱっと見は自然に出来た感じだったが、内部に入るとどこか人工的な雰囲気を感じる。


不自然なまでに真っ直ぐで、小石1つ落ちていない。


少しジメッとした通路はほのかに明るい。よく見ると天井に生えた苔が光を発していた。


「わりと明るいし、空気に流れも感じるな・・・。もう少し進んでみようか」


進んでいくとすぐに大きな広間に出た。広間の真ん中には塀がぽつんと建っている。


「おっ、ついに客か」


塀の一部に建てつけられた扉の中から現れたのは小柄なオークだった。

くんくんと鼻をひくつかせると、にちゃあと嫌らしく邪悪な笑みを浮かべる。


「ぶひひ!まさか女騎士が1人でダンジョンに来るとはなぁ」

「人語を解する魔物ーーー、ダンジョンマスターか!」


腰から剣をすらりと引き抜く。


勇者くそじじいとの約束なんぞ知った事か!女騎士を食わねばオークの恥よ!」


もちろんエッチな意味でな!と舌なめずりをしながらオークがこちらに向かって走り出した。


「オークなぞに負けん!」


アンゼリカの静かな、しかし力のこもった呟きが広間に響いた。

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