第13話 証が勇者を定めるのか
日が落ちた貧民街に、灯りなんてものはほとんどない。
手に吊るしたランタンが仄かに足元を照らし、俺達はそれを頼りに進んでいく。
どこへ行くとも知らずに。
「なあ――」
「ねえ――」
「「……」」
無言を貫いていたラルカが口を開く。
「私達って、何のために存在していると思う?」
「哲学的だな」
「じゃあ、何を目指して生きてきたの?」
「そうだな……」
答えはもう出てるんだ。
「昔、「アルテマの冒険」って童話が好きでさ」
「あったわねそんなの。私は嫌いだけど」
伝説の勇者アルテマが、ばったばったと敵をなぎ倒し、最後に巨大な敵に立ち向かうところで終わる――そんな中途半端な童話だ。
「いや、俺も嫌いになったんだ。年を経るにつれて、アルテマなんて都合の良い人間なんていないんだって思った」
「そう。でも、知ってるんでしょ?」
「ああ、アルテマは――実在した、可能性がある」
アルテマは五百年ほど前に、その活躍が伝記として幾つか残っている。
生い立ちや大雑把な年表。
当時は今より苛烈な状況で、いたるところに発生する魔物が世界に跋扈している時代だった。
その中に生きたアルテマという人間は、魔物を次々と倒したという。
息を吸うように倒し、至るところへと赴いた。
童話のような明るい人物では無かったらしいが、嫌な人間でも無かった。
自分が勇者だからと、それが理由だとだけ言い残したという。
そして、悪魔の巣――今で言う"魔窟"へと潜り、その後の動向は誰も知ることが無かったという。
ただ、その後から出現する魔物が減り、世界は漸次的に緩やかな平衡を保つようになった。
「実際、どうなんだろうな。いたと思うか?」
「さあね、私はそういう何でもできちゃう奴が嫌いだから」
でも――とラルカは付け加える。
「居て欲しいとは思う」
「そうだな。それが答えだ。俺はずっと、勇者を目指してたよ」
ラルカは少し遠慮ぎみに問う。
「今はもう、変わってしまったの?」
「ああ、もういい。どうでもいいんだ」
世界の平和の為に、魔物と人間との戦争を終わらせる。
それが勇者として当然の責務だ。
当たり前にできるのが、勇者なんだ。
俺はそんな、勇者になりたいと。
そうやって家を飛び出した。
その結果がこの有様だ。
この痴態だ。
『
「たったそれだけで、俺は全てを失ったんだ」
仲間には追放され、人々からは罵倒され、ついには存在すら否定された。
この五年間は一体なんだったのか。
「恨まないの? その……『勇者』になって貴方を追放した者を」
「恨まないさ。あいつにとっては、『勇者』の証が特別だったんだ。いや、あいつらにとっては、か」
キースにとっては、実績が欲しかった。
『聖痕』に選ばれた、『勇者』という実感は、キースにとっては至上のものだった。
リナとエレインも、『勇者』パーティーの一員というのはそれだけで実績となる。俺と衝突するのも、当然のことだ。
当たり前だ、人は命ある時に何かを残さなければならないのだ。
持ち帰らなければいけないのだ。
「それは価値観の違いで、どちらかと言えば俺の方がおかしいんだよ」
「そうなると、私もおかしいってことになるわね」
「ああ、そうだよ」
ずっと聞きたかった。
この居候は俺と似ているようで、違う。
どういう人間なのか、俺は知りたかった。
「……お前だって、失ったものは少なくないだろ」
「そうね。私は幼い頃――深層攻略の直前で両親を失った。何かが絡んでいたのか分からない。そして、叔父の家に物心つくまで厄介になったわ。本当に、厄介者扱いだったけどね。でも、私の才能を見越して、『勇者』になることを望まれて支援を受けてた」
「なら、それは……」
「ええ。そりゃあもう。だから貴方の家に逃げてきたのよ」
「俺のじゃない。エルナスおばさんのだ」
「そうね、ごめんなさい」
今日のラルカはしおらしいというか、湿っぽいというか。
自らの運命を悟ったような、そんな儚げな印象を受ける。
俺はラルカ・ルーヴェストのことを、強かで正義感溢れる、どこか浮世離れした考えをする人間だと思っていた。
けれど、彼女はまだ俺と同じくらいの歳の少女だ。
一体どうして、こんな扱いを受けなければいけないのか。
彼女は他人に対して興味がないとか、自分主体でしか物事が見えないとか、そんな気質ではない。
向けられる失望や侮蔑の眼差しに、何も思わないはずはない。
俺は貴族と違って、そのようなしがらみはない。
だから帰る家があった。
しかし彼女は、帰る家がないのだ。
「もう何も無いから、"魔窟"に行くのか? だったらそんなの――」
「いいえ」
きっぱりと、即答される。
「私だって、貴方と同じよ。力は無いけど、それでもあがいて、もがいて。そんな泥臭い、勇者になりたい。だから行くの」
意味がわからない。
「なんで、どうして、どうやって……!」
ただ、感情があふれる。
ラルカは弱いわけじゃない。
俺が見てきた中でも、相当に練度が高い戦士だとは思う。
けれど、"魔窟"は何が起こるか分からない、最高難易度のダンジョンだ。
オーラムが何を企んでいるか、何かを起こすかもしれない。
そもそも――この戦いに終わりがあるのか、分からない。
殺し殺され、歴史の波間で何度もそれを繰り返す。
長い闘争の歴史の中で、ついぞ決着はついていない。
強くあることが、意味を持つのかは分からない。
「……死ににいくようなものじゃないか」
「ええ、そうね」
「命ある内で、できることをやればいいじゃないか」
「貴方が、それを言うの?」
「……っ」
ハッとした。
あまりにも傲慢で、少し前までの俺ならきっと否定していた考え。
ラルカは自嘲する。
「私はね。全部分かった上で、それでも行く馬鹿なのよ。地面に這いつくばっても、泥をすすっても進んで、そうして勝つの。全部終わらせて、やってやったって、大声で叫ぶの」
「それがお前にとっての、勇者なのか?」
「ええ、そう。そんな馬鹿が、私なのよ」
俺は、家族を魔物に殺されたから。
それはただの、小さなきっかけだ。
おばさんに拾ってもらって、身を守る術を覚えて、仲間を得て。
そうして、裏切られた。
俺がこれから何を目指すかは、まだ分からない。
ただ一つ言えることは――
「俺は……違う。あの家、そしてこのちっぽけな街を守れればそれでいいって今は思ってる」
ちっぽけだが、大した夢だ。
自分の中に区切りをつけて、前を向いて進んでいく。
過去にいつまでもとらわれるのは、辞めにしなければいけない。
「手が届く範囲だけ――そう決めたよ」
「いいと思うわ。ならお互い、やるべきことをやりましょう」
共に過ごしたのはたった数日だったが、それでも断言できる。
ラルカ・ルーヴェストという人物は確かに、正義の求道者だ。
身の上のしがらみにとらわれている訳でも、引くに引けなくなっている訳でもない。
完全に根本の原動力で動いている。
嬉しかった。
俺だけじゃないと教えてくれたから。
だからこそ、俺はこの街を守る。
手に余る理想を追い求めても仕方のない現実を嫌というほど知った。
だから、手に届く範囲だけを守る。
それで、いいんだ。
「ありがとう。聞けてよかった。――貴方の考えは、きっと正しい」
それでも――と付け加えて。
「私は行くわ。何よりも、私自身の為に。きっと行かなきゃならないから」
俺達の道は分かたれる。
それが交わることがあるのかは、誰にも分からない。
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