第10話 キース視点②


 ――中層攻略の命を受け、僕の心は躍っていた。


 僕の存在を知らしめる。

 『勇者』としての、確固たる実績が手に入るのだ。


「"魔窟マクツ"の攻略なんて、素晴らしいじゃないか!!」


 迷宮には二種類ある。


 各地に点在する、小規模なダンジョン。

 これを放っておくと魔物がでるため、しらみ潰しに攻略していくのが冒険者の仕事。

 ただこんな仕事は、『勇者』である僕がやるべきことじゃない。

 

 もう一つ。中央大陸を埋め尽くす巨大なダンジョン――"魔窟"。

 

 幾層にも別れており、上から上層、中層、深層と分類される。

 下にいくほど難易度は高くなる。


 今回は四層から六層までの中層の攻略。


 僕達の目的は、この中層においてフロアボスを倒し〈魔晶石〉を持ち帰ること。

 まあ、そんな石も報奨も僕にとってはおまけだ。


 大事なのは、それを叶えるために僕達はずっと困難を乗り越えてきたということ。

 リナも、エレインも。

 各々目的は違うが、その夢は同じだった。

 そして、あいつも……!!


「まああいつだけは、夢を叶えられないがな。あはははははははは!!」


 愉快で仕方ない。

 一番それを叶えたがっていたあいつは、指をくわえて見ているしかないのだから。


 "魔窟"の周辺は厳重に管理されており、資格がある者しか挑むことを許されていない。

 今回は特に、四層から六層の中層の攻略。


 人類の命運を懸けた戦いといってもいい。

 それだけ、僕に期待してくれているのだ。


「あいつの夢は叶わない。僕が叶える。僕だけがッ!!」


 同じものを目指していたが、あいつは手を伸ばすことしか出来ず、僕は足を踏み入れることができる。

 

 それに――


「やっと、の尻拭いもしてやれる」


 僕には兄がいた。

 もうほどんど記憶にないが、兄は十年前に行われた深層攻略戦で命を失った。


 あれだけ止めてやったのに、正義感に酔いしれた結果、死にやがった。


 兄もあいつも、選ばれていない者が辿る結末は同じだ。

 ただ、僕は違う。


 神に選ばれた、『勇者』だ。

 ああ、今回は東の『勇者』との協力だっけか。


 正直、他の『勇者』は邪魔でしかない。

 四人も『勇者』はいらない、僕だけで充分だ。


 比べられるなんて、僕が上だとしても面倒だ。

 さっさと死んでくれないかな。


 そんなことを考えながらラウンジに向かうと、二人は既に待機していた。


「さて、作戦会議を始めようか」


 ◆◆◆


 リナが切り出す。


「……あたし、こわいよ。前のとき、どんな目にあったか」


「前回、私達は敵の強さを見誤って、すぐに撤退を選択した。正直、私も気が乗らない」


 はあ……。

 こいつら、完全に腰が引けてやがる。

 言ってやらないとだめか。


「僕は『勇者』で、君達は『勇者』の仲間だ。いい加減、自覚をもってくれないかな」


「……でも前回、あたしたちは――」


「前回とは違うだろう!!」


 手の甲を翳す。

 その紋様が、煌々と光る。


「あの頃より僕は強くなり、神に選ばれた。『聖痕スティグマ』は危機的状況に陥るとその真価を発揮する。そう伝記にも記されている。歴代の『勇者』も、そうして成長してきた。あと一歩まで及んだ。そして最後には、夢破れた」


 けれど――

 そう、僕は念を押して言う。


 二人の視線が僕へと集まる。

 もう一押しだな。


「僕達は違う。僕達ならできる。――全員で、勝とう。僕達全員の力を合わせれば、きっと勝てる」


「……そうだね! あたしが間違ってた!! あたし達なら勝てるよね!」


「あ、ああ……そうだね。勝てるさ、今の私達ならきっとね」


(まあ、正確には僕の力だが)


 僕の一声で、パーティーが一つになる。

 このパーティーは、この世界は僕を中心に回っている。

 本気でそう思うほどに、都合よく進んでいく。


 そう、思っていたのに――


 ◆◆◆


 ギルドマスターである、フェリクス・クロードは尋ねる。


「本気なのか?」


「うん! 大丈夫だよ!」


「ああ、心配はいらない」


 フェリクスはキースがいないタイミングを見計らって、こうして二人を呼び出した。

 リナとエレインは、キースに無理を強いられているのではないかと。

 だが二つ返事でそう返してくるので、フェリクスは少し戸惑った。


「嫌なら言っていいんだぞ? 中層はそうだな……苦戦する可能性が高い」


「だいじょうぶ! キースがいるからきっと、なんとかしてくれるよ!」


「キースなら、私達を導いてくれる気がするからね」


 キースなら――

 それは半月前までは、ここにはいない男を差していたはずなのに。


 恍惚とした表情で希望を語る二人に、フェリクスは何も言えなかった。


「……そうか。どちらにせよ、これは勅命だ。俺が口を出せることじゃない。ただ、無事に帰って来るのを祈っておく」


「そっか! ありがとうギルドマスター!!」


「私達は、それに応えるよう尽力するよ」


 二人が去っていくと、フェリクスは机にその身を任せる。


「なんで、こんなことになったんだろうなあ……」


 足元から瓦解していく感覚。

 十年前に味わったような、嫌な感覚だ。


 引き出しに閉まってある、一つのペンダントを取り出し開く。


 そこには多くの仲間の肩を目一杯寄せて、白い歯を見せて笑う自分の姿があった。


「もう、笑い方も忘れちまったよ」


 十年前に行われた深層攻略戦。

 多くの同期が参加した。多くの慕ってくれる部下が参加した。

 そして、帰ってこなかった。

 誰ひとり欠けること無く、それは失敗に終わった。


 攻略したはずの中層も、復活してしまった。

 理由は分からない。

 〈魔晶石〉は回収したはずなのに、いつの間にか攻略したはずの中層は元の状態に戻ってしまった。


 彼らがやってきたことは、全て無駄になってしまった。


「俺も、あいつらと一緒に――」


 そういいかけて、フェリクスは辞める。

 今の自分がどれだけ不甲斐なくとも、やらなければいけないことがある。


 だが――


なら、なんとかしてくれるかもしれない。そう、思っていたんだがな」


 この状況を覆してくれるかもしれないと思っていた少年は、いつの間にか追放され、どこにいるかもわからない。


 そもそも、もう関わりたくないだろう。

 その少年は身を粉にして、ずっとこの国に尽くしてくたのに。

 キースのことを、大事な友人として共に戦ってきた、はずなのに――


「『聖痕』なんて、クソッタレだ」


 フェリクスはそう、ポツリと零した。







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